にょこにょこ

嘘を書いた雑巾を配るページ

あじわう


 お金の出処など誰も知らない。そう必要で無いのかもしれない。
 だが少なくとも服を買う分には要るだろう。というのも藤七柳さんというどこまで苗字でどこから名前かよくわからない人物は、その日々のお出かけ用の服を着替えてではなく情熱で仕上げる。一日街を歩いた服は、次の日の朝までにはどこかしこ切り裂かれたまま身に着けていて、さらに次の日の朝にはあちこち継ぎ接ぎして一日たりとも同じ様子の服を着ていない。鞄や靴とてそうだ。髪型も最初はそうしていたのだが伸びる暇が無くなったようで、いつでも短く切りそろえられていた。
 寝覚めは歌う。布団から上体を起こしたと思ったらもう玄関に向かって歩き出している。外にでて、うかうかしていたら大きな公園の小さな土手に着いている。そして歌うのだ。朝起きたてのしゃがれた声が、歌いながら少しずつ本調子になっていくさまを楽しむ。同じく動き始めた鳥や、自主的に散歩をしていた犬、猫が立ち止まり聞いていく事もあるが、そうそういい顔をして聞いていないし、楽しげなイベントに顔を出してみたというよりは、他人の習慣に巻き込まれたような仕方無さが伺えた。
 喉の通りが良くなると次は自転車だ。家に着くと自転車にまたがり、ペダルに足をかけないまま地面を蹴って後ろに数メートル下がっては、持ち上げて前に戻る。自動車玩具のゴムを巻くみたいにずるずる下がっては前へ行く。ジョギング中のお爺さんが何をしているのかと聞いたとき、藤七柳さんは「静けさの充電を」と答えたそうだ。残念ながらその充電はうまくいってないようで、いざペダルを漕ぐとベアリングが定期的にけたたましい衝突音を出した。
 自転車の行き先は二箇所しかない。寝覚めの土手で楽しげな歌を歌ったあとは、藤七柳さんはこの町の家々のすべての煙突を指で作ったピストルで打ち抜いて、また家に戻ってくる。悲しげな歌だったとき、藤七柳さんは田と線路の間の一直線の道を物凄い速さで走り抜けて、夕方まで帰ってこない。遠出の用事のあった電車の乗客が、七駅離れた場所で窓越しに藤七柳さんを見た、と言っていた。どうあっても当日のうちには家に帰る藤七柳さんだから、それが当人だったかはわからない。
 家に帰った藤七柳さんは、電気をつけると同時に一寸の隙も無いほどにカーテンをしめてしまうから、中の様子を探れた人はまだ居ない。ただ、よほどよく何かを煮込んでいるらしい。過去近隣を通りかかったあらゆる人の話を総合して、ずいぶんと遅い時間まで、家の中からはぐつぐつと何かが煮えたぎる音が聞こえるのだった。そのくせ、カレーやシチューの美味しそうなにおいがしたことは、ただの一度もありはしなかった。
 次の日、藤七柳さんが起きるや否や玄関に歩き出す頃には、いつの間にかカーテンが全開で目いっぱい朝日を吸い込んでいる。徹夜の人間も夜更かしの人間も、ついぞカーテンが開く瞬間を見たことがない。もちろんそれほどという話でもないために、誰も一日中カーテンを見張ったりはしたことがない。ただ、いつでも必ず、誰の目にも留まらずカーテンは開いていた。
 これが周囲が知る限りの藤七柳さんの生活である。周囲が知る限りにおいては藤七柳さんの人生である。
 僕はと言えば――僕はズボンの右ポケットには珈琲のガム、左ポケットにはべっ甲の飴を持っていて、べっ甲の飴を舐めている時には、藤七柳さんの日々の様子が気になって仕方が無い。そして珈琲のガムをやっているときは、果たして、頭の中はもう明日の事を考えずには居られなくなっている。