にょこにょこ

嘘を書いた雑巾を配るページ

 尾長侍


 尾長侍と聞いたら果たして、諸君らは何かしら思い当たる事があるだろうか? ない。ならば諸君の町は歩いて行けぬ離島や雲上の類であるか、もしくは人を拒む谷の中にあるのだろう。いや、斯様な地に生きても、遠くない日に御目に掛かることはきっとあろう。何故か? それは尾長侍が、どの町で尋ねても必ず、今し方通った所よ、と答えられる程に、常に我々の近くを歩いているからである。
 いつか諸君らが見る日の為、言って置くのであるが、尾長侍の尾長とは人名でなく、格好である。格好とは言っても侍に尾は無いから、つまりは喩えである。何を喩えて尾長と言うかというと、彼の腰から後の方へ一尋半程も伸びた刀である。あんまり長いので先を地面にずるずる擦っている。刀だから言うので無いが、たちの悪い事に、腰に括ったそれは鞘も無く剥き出しである。しかも良く手入れされたと見え、先一寸を除いて実に斬れ味が良く、跨いだ矢先から地面にあるものをさらさらと真っ二つにして行く。腰のもう一方には本来酒の入った瓢箪が括ってあるはずだが、それはいつも手に持って口元近くでゆらゆらさせているので腰にあるのは滅多に見ない。尾長侍は酒好きなのである。それで酩酊して歩くものだから右へ左へふらふらして、振れ幅大きく刀の尾っぽもふらふら動いて尚一層広く地にある物を斬ってしまうのである。
 諸君らもいずれ実感するはずであるが、尾長侍の通った後の地面はさまざま真っ二つですぐそれとわかる。銀杏一つとっても、夏に香りが常の倍あれば彼が通った、秋に葉が余分に分かれていればきっと彼が通ったであろう。これは年に一度の避け得ぬ起こりなのである。よく通られる町などは、地低くあれば尾長侍、中頃ならばかまいたち、首に食らうは敵討ちと、子供は皆知っている。
 諸君らはこの傍迷惑極まりない者がなぜ咎められず世を歩き続けるのか不思議に思うかもしれぬ。何の事は無い、皆不思議なのである。皆不思議がりながら咎める事を決してせずに今に至るのである。尾長侍を見ると誰も怒ったり正したりするのをすっかり忘れてしまうのである。ならば先陣を切り、我こそ云わん、と諸君らは思うだろうか? 否、それは間違いである。なぜなら私が思うに、彼は唯、思いがけず斬って歩いているのみなのだ。我々が絶えず、思いがけず斬って歩いていて、それでいて何も咎められないのと一片足りとも違いは無いのである。