にょこにょこ

嘘を書いた雑巾を配るページ

 ALARM


 全くいい迷惑なのですが、一人で呑みたいと思っていると見知らぬ人がやってきて私にしきりに話しかけてくるのでした。しかもその内容といったら、好きな数字は何かとか、車を走らせているときふと電柱を数えた経験はないかとか、およそ重要とは思えない話ばかりです。
 実際その人も何か答えを望んで聞いているのではなく、単に私と仲良くなるためのとっかかりとして無駄話をしている感がありました。なので私のほうも丁寧に答える事をせず、できるだけ迷惑してるのをアピールする口調で「4」だの「ない」だの簡素に答えていたのです。それでもその男は気にも留めず、「僕はどの数字も全部好きです」と言った後、自分がいかに数字を愛しているか、延々と三十分話し続けました。
 あんまり話が長いので、私はバーのマスターに「助けて」という顔をおくったのですが、マスターは「食器を洗わなくちゃ」という顔をしてそそくさと奥へ行きました。私は内心「私がいっつも安い酒しか呑まないからってなめやがって」と思いながら、この長い数字の話の腰を折り、用事を思い出し、さっさと去ってしまおうと考えました。しかし数字男は僅かたりともこちらに喋る機会を与えず、そのままさらに三十分話続けたのでたまりません。現在彼の話は「三ツ矢サイダーは実に惜しい」という内容になっていました。なんでも、「三ツ矢サイ」までは「32831」と数字に置き換えられるけれども「ダー」の部分がちょっとね、ちょっとというか非常に残念で、だから僕は「12939」しか飲みません、だそうです。
 いい加減うんざりしていた私はとうとう無言で立ち上がり、強引に帰ってしまおうと思いました。すると丁度数字男の携帯電話がアラームを発しました。23時38分、何かをする予定のタイミングとしてはずいぶんと半端だな、と私が思っていると、その男は携帯のスクリーンを私のほうに向けたのです。私は目を疑いました。画面にはアラーム時刻のタスクリストが表示されていて、そこにはこうありました。
「あなたが席を立つ時刻」

***

「僕はある限定された範囲内で、数字に関する未来が予測できます」
 バーから出て帰り道男はそのように話しました。「その事であなたに重要な話をしたい」
 私はどうせ最終的には壷を買わせるつもりなのだろうと思っていたので、その事を彼に言いました。男は心外だ、とんでもない、とひとしきり否定した後、「それに壷は駄目です。水差しなら何とかなりますけど」と付け足しました。どうせまた語呂合わせか何かなのでしょう。
 私は家について鍵をかけるまでの辛抱だと自分を納得させ、もうすっかり無視を決め込んでいました。しかし男はずっと着いて来るのでした。その間じゅうずっと、しきりに時計を気にしながら「その角を右に」「どこか室内に入りましょう」などと私に指示を出してきました。もちろん早く帰りたくて仕方が無い私はその提案を全く無視したまま家に向かいました。
 そして最後の曲がり角を曲がって、家への近道である細い路地裏を歩いている時、私の頭上に大きな植木鉢が降ってきました。倒れる瞬間、アパート二階のベランダで目を見開いている女性が見えました。地面には割れた破片に血がべっとりと付いた植木鉢が転がっていました。私に当たったんだ。そう理解するまでには時間がかかりました。夜の路地裏に、携帯電話のアラームが鳴り響きました。
「駄目だったか……」
 男がぼそり、と呟くのが聞こえました。

***

 アラーム音が鳴り響く中、私は後頭部の激しい痛みと嘔吐感に堪えながら、初めて自分から男に話しかけました。
「そのタスクリストに書かれている言葉は、『あなたが死ぬ時刻』ですか?」
 男は静かに首を振って、私にとって非常に残念な事を言いました。
「いいえ、『あなたに植木鉢が当たる時刻』です。死ぬまでにはあと、二十分はかかる」

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