にょこにょこ

嘘を書いた雑巾を配るページ

 キートン氏が仕方なく捨てた顔について


 先ず言っておかなければならないのは、キートン氏がどの時代にも見つけられる珍種と呼ばれる人間などとは全くの別物で、生前の彼を知る人ならばまず間違いなく「普通の人」と称するような、ごくありふれた男性の一人に過ぎなかったという点である。
 それでもここに書くに値すると私が判断したのは、第一に彼が、生涯を通して徹底した事がたった一つだけあるという事だった。もちろん、人は生まれて死ぬまで、呼吸をするのを徹底してやめないじゃないかという指摘もあろう。私はその指摘を筋違いだと言うつもりは無い。キートン氏が徹底した事、それは確かに、人間の自然な状態を長らく続けただけだと言われれば、間違いでは無いかもしれない程度のものなのだ。
 第二に、彼は少々長めの人生を過ごし、それを存分に楽しんだはずだという点である。彼は壮大な実験をしながら、様々な抑圧に耐え、それでも生きている間をひたすら楽しんだに違いないのだった。周囲の人でそれを看破できたのは極々少数だった。私にしてみれば、その少数の人が居ただけでも充分に彼の実験の目的は果たされていたのでは無いかと思えるのだが、彼は、とにかく、何が何でも徹底せずにはいられなかったのだ。
 それは、生涯笑わないという実験だった。
 始まりがいつだったのかはわからない。ただ私は、彼がつい笑顔を見せそうになったタイミングがたった一回だけあったのでは無いかと思う。それはキートン氏が唯一残した日記からの推測に過ぎないものだけれど、今は確信を持っている。以下はその日記の大雑把な引用である。

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<あの日のこと>
 まず、緊急で終わらせなければならない仕事が出来た。幼かったが為というか、幼かったにも関わらずというか、そのやるべき事を受け入れる事は簡単だった。緊急と言っても、最短で、私の人生全てをささげなければならない。それほどの大仕事だったが、やる決意がすぐに出来たのは今でも不思議でならない。ただし、引き返せないからだとか、恐ろしいからだとか、そういう消極的な理由で決めた事では断じて無い。私は進んでそれを決めた。
 何かの際(それを覚えていない事が不自然に感じるが、覚えていないのだから仕様が無い)、私はたぶん笑おうと思って頬を少しあげようとした。その時急に顔に痺れが走った。突然のことに驚きながらも、すぐに引いたのでもう一度笑おうとした。するとまた痺れた。その後二度同じように試したが、その度に同様の麻痺が起こったのである。それまで健康体そのものであったから、突然の病なのか、偶然が重なったのかはわからない。ただ、私はそれ以上試す事をやめた。以来一度も笑った事が無い。

<あの日を思い出した日のこと>
 体を動かすと肺が締まる思いがして、いよいよ老いも来る所まで来たと感じた。眠っていると、尋ねてきた友人が私を死んだものと勘違いして「あんたは本当に、良い人だったよ」と言った。私が大笑いすると、友人は大層驚いた様子だった。

***

 キートン氏がその日大笑いした事実は無い。キートン氏はその言葉が聞こえると、何も言わず目をあけて友人を見つめたという。この嘘を説明するならば、それは願望だったでは無いだろうか。彼はその時笑いたかったのだ。進んで笑顔を捨てて来た彼にようやく訪れた、「仕方なしに」顔を捨てなければならない瞬間だったのだ。
 あいつ、良い人だったよと、言いおった。
 これはキートン氏の末期の言葉である。あの時彼が笑顔を堪えたのは、友人のおかしな行動ではなくて、この言葉のためだったのではないかと感じる。この言葉が、ふと、彼の実験の成果を認めてくれたのだ。実験は、自分が「人だった」と言われなければ終われなかったのだ。この過去形をこそ、キートン氏は求めていた。
 私は笑わない事を賞賛するつもりは更々無いが、笑わない人生に幸福があるのかと尋ねられた時の為に、一つだけ返答の用意がある。それは、幸福を求める為にしなければならないなら仕方が無い、というものである。