にょこにょこ

嘘を書いた雑巾を配るページ

思想犯

 プライムタイムの人が最も見ているだろう番組で、その場の他にいる誰よりも熱っぽく、誰よりも口数の多いその男の話を聞きながら、フェルグは「安っぽい考えだ」と思った。全く馬鹿げている――その男の名はジミー・クライトスとあったが、そのフェルグの思いに反して高額で(しかもかなりの)取引されているのを発見した時、彼はある種の終末的な思いに捕らわれずにはいられなかった。この男の脳内に価値を見出す世界の結末など、どの程度のものだというのだ!
 事実彼は個人運営のPサイトでしばしばその手の「思想」の販売(もしくは配布している所もある)を見かけていたし、その内容があのジミー・クライトスと大差があるようには思えない。ディスプレイを隔てて語る彼の言葉の奥に「高額で取引される所以」たる仰々しいほどの英知が詰められているとでも言うのか?
 そうとしか思えないし、そうでなければおかしい。なぜなら市場にある思想販売のレートに関する”決まり事”は常に厳しいものであるからだ。誰であれその思想を売る事が決定した時点で、全て脳は一連の審査を受け、クラスタ化される。審査を受けた脳は「スタンダード」と呼ばれる最も平均的な思想群と比較され、レアリティの高い「考え」を持っているほど、またその数が多いほど高額が付けられる。つまり、この商用サイトで売られているジミー・クライトスの思想の値段が、そのまま彼が常人には無いレベルの脳を持っている確かな証拠なのである。それは疑いようもない。
 しかし彼はジミーのいかなる著書、番組を見ていても金額に納得する事は無かったし、その思想を馬鹿にした自分の矮小さを感じる事もなかった。彼は確かめたくなった。あれが一体どれほどのものだというのだ? 
 金の手回しが済むと、彼は先の商用サイトを開きジミー・クライトスの思想を探した。もし買ってつまらないものだと思ったならそれでいい。その時は自分の脳に審査を受けさせ、売り出せば良い。彼ごときの脳が高額であるのなら、その可能性は十分にある。
 課金が終わり、あとはダウンロード開始のスイッチを押すだけだ。フェルグは捨てきれない嘲りと、どこかしらに期待感を持ちながらスイッチを押した。
 すぐに情報は流れてきた。混然としてとめどないそれは荒々しくフェルグの脳を揺さぶった。電気が頭を駆けめぐり、絶え間なく道を摩滅させながら増殖していく。急速な変化は続き――咄嗟に、彼はキャンセルを行っていた。
 激しい動悸を鎮めようと深く息をしながら、彼は考えた。全てを受け入れる事は出来なかった。彼は確かに高額になりえるほどの頭を持っていたのだ。ならば、既に一部は入っているはずの、先ほどまでの俺と違う、何らかの考えがあるはずだ。それは何だ?

 丁度テレビではジミー・クライトスがいつもの口調で熱弁している。
「強い人物が必要です。あらゆる考えに、誰もが有無を言わず賛同してしまう程のカリスマが。あるいは既に誰かが、独裁者になるべく準備を始めているかもしれません」
 しかしミスター・ジミー、この番組を見た人の中には、理解できない人間もいるのではないか? ミスター・ジミー。誰もが貴方のように崇高な頭を持っているわけではないのです。

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