にょこにょこ

嘘を書いた雑巾を配るページ

夢での蓄え

 夢中で降ってくるお金をかき集めるような、という表現はいかにも正しかった。事実彼は寝ていたし、隣で横になっていた彼女にしてみても彼は大金が振ってくる夢でも見ているのだろうと思っていた。寝顔に笑みを湛えながらしきりに動き回る彼の腕に邪魔されて、その夜彼女はなかなか寝付けなかった。
 朝起きてその事を告げると彼は実に不本意であるという顔をして言った。
「馬鹿な。そんな俗っぽい夢は見ていない。夢の中で僕は確かに資産家だったが、お金は振ってくるどころか、どんどん無くなっていったよ。趣味で美術館を建てて、芸術品を買いあさっていたんだ」
 またその夜も彼は振ってくるお金に嬉々として腕を広げる夢を見ていたのだと思う。そうとしか思えない仕草で、時折寝言で浮ついた声をあげたりもした。その為やはり彼女は眠れなくなった。朝目覚める彼の顔はすがすがしく、寝不足の彼女に向かってよく嬉しそうに話をした。
「美術館は完成間近だ。ホールの真中には君の絵を置きたい」
 夜ごとそれが続くので、彼女にもとうとう我慢の限界が来た。いつものように彼の夢の中でお金が降り始め、彼が腕を振り回し始めた瞬間、彼女は彼を起こした。
「……ん? 眠れないのかい?」
 まるで夢など見ていない様子だった。彼の夜の発作(そう言っても差し支えないように思われた)について説明しても全く意に介さない。説明を諦めると、程なく彼の寝息が聞こえ始めた。もう発作は収まったようだった。その日の彼はもう彼女の眠りを妨げるような動きはしなかった。
 それ以来彼が夜中に発作を起こす事は無くなった。彼女は以前なら目に痛くて恨めしかったカーテンごしの日差しを気持ち良く思う事が出来るようになっていた。彼はというと良く寝ているはずなのに日ごとやつれていった。数日経って彼は深刻な面もちで彼女に告げた。
「美術館はもう駄目だ。どういうわけか資金が底をついた。今まではいくらでも沸いて出たんだ。夢だし、疑いもせず使い続けた。今は少しずつ昔買った絵や彫刻を売りながらやりくりしてる。なんとかして君の絵を置きたいんだ。でも駄目だ。売った分じゃ足りない。ねえ、僕はこの夢を見続けると思うかい? 見続けて、その間ずっと君の絵を飾れなくて、僕はどうしようもなく悔しがるんだろうか?」
 彼女は深く目を閉じた。ゆっくりと言葉を探して、慎重に声に出した。
「あなたは私の為に夢を見てくれたのね」


 その日、彼は絵を描いた。仕事を全てキャンセルし、彼女を目の前に座らせて必死で描いた。朝描き始めて陽が沈むまでかかったので、途中で陽に当たる彼女の肌の色を思い出しながら何度も絵の具を混ぜなければならなかった。それでも彼は夢中で描いた。出来上がった絵は彼の不器用さがわかるようで、お世辞にも上手とは言い難かった。それでも彼女は、この絵の自分を美しいと思った。
 ある朝、目覚めて彼は嬉しそうに言った。
「素晴らしい美術館があるんだ。ホールの真中に、君の絵が飾ってある」