にょこにょこ

嘘を書いた雑巾を配るページ

休むに似たれども

 何年も日照りが続き世は未曾有の水不足となった。
 水不足はあらゆる人に打撃を与えた。大農場を経営するノジオもその一人で、彼はここ数年の不作の為に土地を売らねばなかった。
 ノジオは明るく気さくな近所からも評判のいい男だったが、その時以来一切笑わなくなってしまった。妻と子供は貧しさに苦しむそぶりを見せなかったが、それは単に隠しているだけだ、ノジオはそう考えていた。
 村の人間は心配した。だから彼が修行に行ってくる、と行って村を出た時、誰もが奴は死ぬつもりなんじゃないかと思った。

***

 滝に打たれて修行をしているが、煩悩ばかりで悟りの「さ」の字のローマ字表記の「s」の字さえも出てこない。なんとか心を無にするんだと目を閉じ景色を遮断する。すると、ほうこれがまぶたの裏か、と新たな無駄思考が生まれ意味がない。
 そうやって邪念から逃げては邪念にぶつかる、どうしようもない時間を過ごしていた時の事、私は今日最大の疑問へとぶち当たり、もう修行どころでは無くなった。
「打ちつける水は俺を疲れさせるが、滝だって疲れるのでは?」
 絶対そうだ。一年三百六十五日日々水落として決して休まずでは、滝も過労で死ぬだろう。だから思うに、人に見られていない間は、滝は休んでいる。
 そしてこの「滝が休む」という事を悟りだと仮定すると、俺は今まさに求道の大切な一瞬を迎えているわけである。
 しかし俺が見ていない間に滝が音だけ出して水を落とすのを休んでいるのはわかっていても、このままでは埒があかない。なんとか滝を油断させ、うっかり流すのをやめた滝を目撃しなければならない。
 試しにレゴブロックに夢中になっているフリをしたあと猛烈な勢いで振り向いたが、気づかれた。俺が見た時滝はもう轟々と水を落としている。

***

 遠くの木陰からいきなり見たり、鏡を使ってこっそり見たり、滝の気持ちになって流れてみたりと様々試して時間は過ぎて、持ってきた食べ物が無くなった。それでもノジオは帰らなかった。何かを得て帰らなければ妻も子供も苦しい生活から逃げられないのだと思った。

 さらに数日後、ノジオは滝のすぐ横に倒れた。何か言おうと思ったが、いつのまにか声も上手に出せなくなっていた。それでも力を振り絞って彼は言わなければならなかった。
「なあ滝、俺は知ってるんだ。だから死ぬ前に一度だけ、休んでる所を見せてくんねえかなあ」
 ノジオは滝へ始めて声をかけた。それは事実上の敗北宣言だった。
「はやく言え、その程度の事」
 滝は優しく返事をしてやる。ノジオは驚いた顔はしなかった。
「やっぱりな、こいつ」
 そして徐々に滝の水は細々としたものになり、やがて止まる。その日とうとう滝は休んだ。
「もう一つだけお願いがあるんだ。俺はここで死ぬ。なんでか、人が一人死んだとなりゃあ、ここには誰も寄りつかなくなる。そしたらお前はもういつでも休んでいられるんだ。だからさ、その分、俺の村に水を分けてくれねえかなあ」

 発見された時、ノジオは既に息がなかった。
 彼の死に顔は笑みが浮かび、皆は彼が不安を抱いたまま死ななかった事を、安らかな死を迎えた事を皆は祈った。続いていた日照りですっかり滝は枯れ果てていたが、その日、村には雨が降った。