にょこにょこ

嘘を書いた雑巾を配るページ

フクロウおじさんの本当の姿

 羽角公園のすぐ近く、ツツジの中から顔を出したような背の低い街灯の続く先、元気橋の根本にはフクロウおじさんが住んでいて、夜中に子供を攫っては、シチューの具にしているそうだ。
 誰が言い出したか、この地区の小学生には有名な話だった。僕はその「からくり」がなんとなく、わかっているつもりでいたのだ。つまり、フクロウおじさんなんていない、作り物だってことを。ただその時、話して賛同してくれる者なんて、誰一人いなかった。
 森南小学校はY県市内にあり、県内ではどちらかと言うと都会と呼ばれる地域にある学校だ。とはいえ「県内では」という所がミソで、全国でも田舎として名高いここいらで少しくらい栄えているなんていっても、たかが知れている。山を背中に、川の音を聞きながら授業をする点は、県内のどの学校とも同じだろう。
 もちろん、「みんながみんな噂好き」なことだって一緒だ。子供も、母親たちも、噂の仕入れを忘れた事は一度もない。公園で集まる時は決まって、新鮮な噂を交換しては眉をひそめ合っていた。
 僕はどちらかというと、その噂ってやつに興味のない人間のひとりだ。それどころか、ばかみたいだ、とさえ思っていた。だって友達の友達の兄さんが大学受験に落ちたとか、誰彼のママのママがテレビに出たとか、それがどうして「人生の役にたつ」っていうんだ。
 担任のヨオコ先生だっていつも言っている。
「どうせやるなら、人の役に立つことをしなさい」
 暇だと思われて舐められることには慣れているけれど、僕たち小学生はいつだって今と未来に「人生の役に立つ」を求められている。習い事だってそのためで、噂話にうつつを抜かしている暇なんてちっともありはしないのだ。だから、例え誰かが輪をつくって楽しそうに話していたとしても、僕はすすんでそこに入っていったりしなかった。そして、だからこそ、膨れ上がる前の、根っこにある「かんたんな真実」が見えていると信じていた。
 学区の西端に住む子供たちが森南小へと向かうならば、龍山川をどうしても渡らなくてはいけない。この近辺で向こう岸に行くためには、たったひとつの元気橋と呼ばれる橋を渡る必要があった。つまり、西側の学区に住むほとんどの子供はこの橋を、毎日行き来する。まず第一にこの橋のすぐ側にフクロウおじさんの家はあった。
 どういう理屈か知らないけれど、駅前の街灯と違って、この橋にある街灯は夜の八時になると明かりが「消える」のだった。光のセンサーではなく、タイマーで動作させていた所、内部時計がズレてしまったと、お父さんが持論を展開するのを聞いた事がある。お父さんは学校での話をほとんど聞いてくれないくせに、こういうどうでもいい事はよく話してくる。
 子供にとって、八時を過ぎた、真っ暗な橋を渡るのは恐怖だ。親だってそんな危険な場所を渡らせたくは無いはず。結果、子供が、遅くまで遊ばないよう、間違っても八時過ぎに橋を渡る事などないよう、注意を促すつもりで、「大人たちが」フクロウおじさんという架空の怖い人をでっちあげたのだ。子供にそんな事を話せば、途端に広まる事は決まり切っていた。
 フクロウがどこから来たか? それは本当に簡単な理由で、フクロウおじさんの家の前には表札のかわりに、木で掘られたフクロウのレリーフが飾られているからだ。丸い目が片方だけくり抜かれ、体は後ろ向きで首をぐるりと回してこっちを見ている具合で、確かに異様な感じがする。眉なのか輪郭なのか、顔はハート型で、そのせいで目の穴も見ようによっては心臓を穿っているようだった。
 実物のフクロウおじさんを見た人は、誰もいない。けれども聞くところによると、この元気橋が真っ暗な時間に誘拐事件が起きたのだという。犯人は未だに捕まっていなくて、子供も見つかっていない。犯行が行われた日の情報は何も無かったが、普段ひとけの無いフクロウおじさんの家から、それはそれは美味しそうなシチューの匂いがしたそうだ。
 ある時、梅雨明けすぐの頃だ。
 先生たちの会議があるため一斉下校が約束された落ち着かない日の朝礼で、校長が言った。
「今日は早く学校が終わりますが、決して寄り道などしないように。悪い事をすると、フクロウおじさんが出ますよ」
 瞬間の静けさのあと、体育館がざわめく。誰もがハッとして、蒸した空気と蝉の声に改めて気づいたに違いなかった。ヨオコ先生が騒がしくなった声をなだめようとするけれど、クラスに彼女の言う事を聞く生徒は少ない。
 それは僕たちにとって驚きの事実だったのだ。先生たちの中でも一番偉い校長が言ったということ。何か「公式」に発表された心持ちがして、クラスの皆が持つフクロウおじさん像が、みるみるうちに形を成した。
 それだけなら良かったのだけれど、まったく、子供の好奇心を甘く見たとしかいいようがない。クラスの男子の一部が、フクロウおじさんの家に真実を確かめに、そしてあわよくば退治しようと言い出したのだ。もともと家に早く帰れると気持ちが浮ついていたところに、とどめのようにあの校長の言葉だ。普段なら止めておこうよ、と言い出す者もなんとなく気になってしまったのかもしれない、帰りの会でくれぐれも、と言った先生の言葉を無視し、その計画は当日のうちに実行されることになった。
 興味がなかった、と言ったら嘘だ。ただ、僕はフクロウおじさんそのものが作られた架空の存在だと信じて疑っていなかった。そしてちょっとだけ、怖かったというのもある。たまたま参加しなかった僕だけが生き延びた。シチューになったのかは知らない。でも、その日を境に僕のクラスメイトから半分の男子が居なくなった。涙が止まらなかったのは生まれて初めてだった。
 テレビで取り上げない日がなくなって、「こと」が大きくなりすぎたのかもしれない。危険だった薄暗い橋の街灯は修理され、いつも警察や町内会の当番、先生方が交代で見守るようになり、そして何より、フクロウのレリーフのあの家の住人がインタビューされる様子がニュースで流れるのを見ると、世間とは真逆に、僕たちの興味は急速に薄れていった。
 頭の中では完璧だったとびきり格好良い合体ロボが、いざ絵に描いたり粘土で作ったりしてみると全然強そうにできないことがある。それと同じで、フクロウおじさんは皆の頭の中に居た時だけ完璧だったのだろう。その時点で犯人はまだ捕まっていなかったけれど、想像が明るみに出て、実体をなして、もともと居なかった理想のフクロウおじさんが死んだのだ。
 事件は少しだけ続いたのちに、完全に解決した。行方不明の子供たちは、フクロウのレリーフのように心臓を突かれて皆死んでいた。見回りを掻い潜っての誘拐は考えにくいとして、内部の犯行を疑った警察が最終的には突き止めた形だ。
 僕はとうとう、お礼を言い損ねてしまった。何せ、クラスの男子が勇ましいほうから順に半分死んだのだ。いじめられなくなっただけではなく、静かで、授業も集中出来て、いいことづくめだ。泣くほど嬉しかった事は間違いない。
 夏の終わりに、担任の先生が替わった。その人から、二度と何かを教わる機会が無いと思うと寂しい。ヨオコ先生がホームルームで仰った言葉は忘れない。
 ――どうせやるなら、人の役に立つことをしなさい。
 今、僕はフクロウおじさんの存在を信じている。
 彼女は刑務所にいて、居もしない理想の教え子に、元気で授業をやっている。

止まる心臓の話

 心臓がもうすぐ止まる事がわかって目が覚めた。
 痛みではなかったと思う。体の中央から指先にかけて、不穏な脈打ちが始まった。夏だったはずだが、目の周りが妙に冷えていて肌寒い。いつまでも黒いので、目を開けていると気がつくのに時間を要す。暗闇に慣れるより早く、赤く明るい丸が視界に現れた。一度目を閉じて、その丸が消えるのを待つ。
 確信する。間もなく自分は死ぬ。動悸が一定でなく感じる。血が巡り方を忘れ好き勝手に衝突しているようだ。知識ではなく本能的な部分で感じる。今の状態が長引くなら呼吸は続けられないだろう。
 音は聞こえているだろうか。ごうごうと耳奥に震えがあるように思う。冷蔵庫の中にいるように、噴き出した汗が急速に冷えていく。虫の声がようやく聞こえ始めた。吸う動作と、吐く動作を確かめ、手足のわずかな痺れを感じながらも、握った布団が音を立てないように押しのける。
 小さな寝息のとても安らかなのを妨げないように静かに身を起こす。もうひとつの呼吸の先を見つめて、考えた。答えが出たとは思わない。けれど、暗闇のまま寝室を出た。
 残された時間は、もうわずかだろうと思われた。もう二度と、私が太陽を見る事は無いだろう。
 遺書くらいは書けるはずだ。パソコンの中に蓄えた私の生きた証というべきものを整理することも出来るだろう。残される事になる、妻への手紙も書く必要がある。愛の話と、しなくてはいけない言い訳や、しておきたい言い訳は多くあった。
 遺言はすぐに書き終えられそうだった。子も、両親も居ない。私が遺したい相手は妻しかいない。まずは文書として効力を持つよう雛形を調べ、書く。調べながら、十秒程度寝てしまったように意識が途切れる事があった。その度にまた目が覚めた事に安堵しながら、どうにかこしらえた。ビニール袋から水が漏れるような音が胸の間から聞こえてくる。気の所為なのかもわからない。耳自体が脈打って煩いからだ。視界を幾度も横切る虫は、全て自分の幻覚だろう。
 次にパソコンを開き「書斎」と名付けたフォルダを開いた。気取った名前だと思うが、これだけが自分に残った矜持だった。様々なソフトと、書き上げたもの、書き上げられなかったもの、物語が数百並んでいる。
 書き上げられなかったものは消去した。例えば自分が死んだ後、そんなものが残っていたとして価値を感じないと思った。価値を感じる自分が居ない時の事を心配するのも妙な感覚だ。
 書き上げたものの中で、未発表のものは、散々悩んだ挙句、三編残して消去した。消す、そのキーをひとつ押すだけだったが、ひどく疲れた。死は近づいたかもしれない。ただ、必要な労力だったと思う。しばらく深呼吸をして落ち着こうとする。結局落ち着くまでの時間が惜しくなり、動悸は放って置いて手を動かした。
 物心がついてから、何千万回とキーボードを叩いて作った文字の並びの大半を、瓦解させた。その名残はもうなく、取り戻すこともできない。紙で残したものはひとつもない。今日まで、私が生み出したといえる、唯一のものたちだった。何も、消さなくても、と自分の一面が問いかける。ただ、死に瀕してより頑固になった自我が、きっぱりとそれを跳ね除けた。
 彼は言う。より胸を張るため、より多くに別れを言わなくてはいけなかったのだと。
 いつもと変わらないはずの本棚も今はよく背表紙の文字まで目に入ってくる。時計の文字盤のかすれたような汚れや、二回に一回秒針の音が違う事も初めて気がついた。集中は一層困難になっていくのに、目に入ったり、耳に入ったりする情報はやけに多く感じる。命が失われつつあるいま、ある限りの経験をしようと体が勝手にもがいているみたいだった。
 ペンと紙を取り出す。足音を消して寝室に戻る。妻が起きる事は望まなかった。あまりにも自分勝手で、我儘は話だ。それを、上手に伝えられるだろうか。
 手紙の書き出しは悩まなかった。二人で決めた、死後会うための合言葉で前置きをした。
 他には。順番もなにもない、思いつくものを先に。時間がいつまであるかわからない。
 こんなタイミングでさよならを言う事になって残念だという事。
 向こう、50年は一緒にいるつもりだった事。
 その頃には若返りの薬も出来ていて、君が飽きるまで、そんな風にいっては悪いか。でも、いつまでも、百年、千年愛すのだと思った。
 死んだ後のことを君に伝える手段は、おそらくまだ無いのだろうね。
 私が死んだ事で、悲しんでくれる事と思う。また、悲しませてしまったか。
 たくさんの人を頼って欲しい。それと、誰かもし優くて気の合う人がいたら、その人にも、頼って。
 私は最初にほんの少しだけ嫉妬して、その後、たくさん安堵すると思う。
 そのためにはここで長々と何か言うよりも、さわやかに去ればいいんだけど、そうすると、怒るでしょう。
 いつも私は君を気遣うふりして、自分の気の弱さを押しつけていたから、もっとこうしたかった、という瞬間ばかり思い出しています。
 今になって尚、本当に勝手でごめん。
 私は今、私のことを君が思い出してくれる事を想像して幸せを感じ、私のことを忘れて幸せになった君を想像して安らかになっている。
 きっとこれから君の心をかき乱す死人になる事が、本当につらいけれど、どうかしっかりと生きて、気が向いたら、思い出すなり、忘れてしまうなり、進んでくれたらと思います。大丈夫、合言葉は、絶対に忘れない。
 これから自分は、怖い顔になってしまうかもしれないし、これも甚だわがままであるけれど、どうしても、君を起こせなかった。
 少し字が読みにくくなってきた。大丈夫、この調子だと、最後まで、苦しくなさそうだ。
 じつは、寝顔をみながらしねればと、いつもおもっていた。
 まいにち見ていたけしきのまま、ねむる君のよこで、おなじように、しずかに。
 きみは、なでるとわらうんだよ、ねむりがあさいのかな。
 ほんとうにねがう。きみ
 しあわせに。
 ありがとう
 たいおん

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ポカリ戦争と二つの命


 ポカリ戦争で僕は一度死んでいる。
 それでも今生きているのは奇跡的に生還したからでも何でもない。命が二つあって、一つを失ったら、一つ残ったというだけに過ぎない。
 あの時僕は、たった二つの命を、一つ無駄にしたのだ。

***

 何にしろ生意気だったには違いない。幼かったとはいえ、結局僕は一度も、祖父の「戦争話」を真剣に聞いた事などありはしなかった。戦争を知らぬ子はこれだから、と言われては、戦争を教えたい大人はこれだから、と心の中で言い返していた。
 あらゆる拍子に飛び出す「戦争の頃は」という枕詞は、もはや恐怖だった。それに続く言葉はとても長く、しばらくの身動きも制限されるし、僕が幸せで恵まれている事を強く非難されてしまう。
 楽しくて浮かれていれば戦争の時には出来なかった事だと言い聞かされ、痛くて泣いていれば戦争の時はその程度では済まなかったと言い聞かされる。酒を呑みながら延々と繰り返されては、本人の言うように「僕の為を思って言ってくれているのだから」と耐えるのも難しかった。
 そうやって聞かされ続けた話の内容を、実は今ほとんど覚えていない。節制し忍耐しろ、騒ぐな喚くな何倍にも薄めた感情で生きろ。そんな所だろうか。祖父は僕が幼いうちに死んだ。彼が生意気な孫に残そうとした言葉たちは、残酷にもこの世に曖昧な記憶としてしか残らなかった。
 自分が年をとったせいなのか、反省でもしたのか、今となってはそれがとても残念な事であるとわかる。「つつましく目立たぬよう、常に最悪の不幸を想像して生きよ」としか聞こえなかった言葉たちが、本当はどんな形をしていたのか。
 もちろん、ただ僕の為を思ってした話というわけでは無かったろう。祖父は人間で、自分の功績や、過去の苦労を、教訓のあるなしを問わずただ愚痴りたいことだってあったろう。それら全てを受け止めた上で聞けば良かったのだ。祖父が生きた「戦争」という場所と時代の話を。
 僕は戦争を知らない子供だから、それを語る事は出来ない。だから、実際に体験した、ポカリ戦争の事を書く。これは祖父が経験し得なかった、僕だけが経験した戦争という場所であり、また、たった一瞬だったけれども、時代である。


***

 ポカリ戦争は恐ろしく間の抜けた自殺から始まる。
 八歳で、きっと夏だった。雲がひとつも無くて、あっという間に喉が渇く季節だったはずだ。
 祖父が心臓を患って死んでから間もなかったはずだったが、三日悲しんだ後に僕は元気にやっていた。
 同級生の間では、サッカーをする者たち、メンコ遊びをする者たちや縄跳びをする者たちといったグループが形成されていて、僕は鬼ごっこをする友だちと組み、毎日の昼休みを謳歌していた。戦争が始まったのはそんな、いつものように友達と遊んでいた時だった。
 音は鳴っていただろうか。いつもみるジャンボジェット機とは形が違うから、聞きなれない大きな音を立てていたかもしれない。でも、僕が覚えているのは映像だけだ。
 五、六機も連なったジェット機が低く飛んでいた。視界に現われた時は、対称で綺麗に並んでいた。僕らの頭上をじっくりと舞い、ばらけては、集まる。そしてある時急に平行に飛び始め、時々飛行機雲をわざと吐き出した。
 何かとんでもない事が始まるのだと震えた。飛行機の軌跡に時々白く雲が残り、空に字を書いた。この位置からだと良く見えない。でも、英語のようだった。
 僕は話半分にしか聞いていなかった祖父の話を思い出した。戦争には、「宣戦布告」というものがあるということ。それと、空襲の話だ。僕が知っているのと違う飛行機が飛んできて、爆弾を落とす。だから、この飛行機と雲の字の意味は簡単だ。始まったんだ――そう思った。
 僕の行動は迅速だった。鬼ごっこの、まさに鬼をやっていた時だったかもしれない。不思議と、友だちは空への興味を早々に断ち切っていて、頭上に釘付けの僕にはやく追いかける作業に戻るよう囃し立てる。囃し立てていたと思う。聞こえちゃいなかった。空はもう、こんなに戦争を示しているのだ。
 読めもしない文字に震え、これから降る爆弾と、恵まれすぎた僕への罰の如くはじまる、死よりも恐ろしい苦しみを思った。
 誰の声も聞かず、校庭で一番高いジャングルジムを、天辺へ向かってよじ登る。どうしたんだと、鬼のはずの僕が追いかけられる。登りきって空を見た。いよいよ文字は連なって、完成の様子を見せている。絶望が広がっていた。青い空が美しくも何とも無い。足元から友達の非難するような声が聞こえるが、僕は空しか見ていない。睨んでいたら、青は灰色と区別がつかなくなった。だから、僕はためらう事無くそこから飛び降りて、頭を打って死んだ。

***

 打ち所が良かったと言えばいいのだろうか。長い長い意識不明と入院期間の末、僕の目は青色に戻った空を見る事が出来た。
 信じられない事に、世界では、戦争が始まっていない事になっていた。あの時、確かに宣戦布告しようと飛行機が舞い、今まさに校庭に爆弾を落とそうとしていたのに。
 世界がどうなって、なぜ今誰もが生きていられるのか理解できない僕は、両親に泣きつかれながら、呆けていた。
 戦争は確かに起こったのだ。祖父の言う本当の恐怖を体験したのだ。今、回りが燃えかすじゃないのは、爆弾は落ちなかったか、偽者だったのだ。でも、それでも恐怖が偽者だという事にはならない。
 あの恐怖は真実だ。それは実際の戦争が起こった場合のものと何ら変わりは無い。だから、真実を体験した時、僕は逃げもせず、隠れもせず、声を上げも、当然立ち向かいもせず、ただ高い所から飛び降りて死のうとしたという事になる。
 それは認める事の出来ない弱虫だった。救いがたい卑劣だった。だから僕は自分のことを、やっと目の覚めた重症患者などと考えはしなかった。僕は――いやあいつはもう死んだのだと。

***

 数日後、テレビで清涼飲料水のCMが流れた。さわやかな青い空に飛行機が連なり、尾のような雲を吐き出しては止めながら「POCARI SWEAT」と字を書いた。それを見て、へなへなと座り込むしかなかった。自分の中の何かが崩れた。以前より澄んだ景色の中心に、自らの弱虫と卑劣さだけが残っているのがわかった。

***

 退院後も学校は休み続け、もはや友達と同じ学年に居られないほど勉強が遅れた僕は、しばらく家庭教師を雇って勉強する事になった。街角の電柱の貼紙を見て母が電話をかけた。やって来た人は僕より十も上のお姉さんだった。
 コロコロと表情を変える、良く喋るそのお姉さんが、ある時言った。テレビには例のCMが流れている。
「このCMを撮影している所を偶然見てね、空に、たくさんの飛行機が飛んでいたんだ。私は戦争だと思って、絶望した。その時は大学生ってもののやり方がよくわからなくて、すごく貧乏だったんだよ。身も心もと言ったら良いのかしら。いつでも簡単に絶望できる環境だった。そして、容易に絶望できるという事は、容易に死にに行けるって事だった。どれほど大切に思われていても繋がれていても未練があっても関係ない。あなたは、私が一度死んだと言ったら信じる? 生まれた時、わたしは無力で、柔らかくて、空気は重くて、人の手は硬くて、お金も一円も持ってなかった。でも泣いていればちやほやされたはず。今、いくらかお金を得て、力を得て、身体はしっかり出来たし、人と喋ったら楽しい。でも泣いてるだけ、笑ってるだけじゃあ何をやってもうまくいかない。気持ちを何倍にも薄めて、つつましく目立たぬよう、常に最悪の不幸を想像して生きようとしちゃう。おじいちゃんやおばあちゃんに、戦争の話を聞いた事があるでしょう。わたしとあなたは戦争を知らない子供。でも、あなたは自分の世界で、擦り切れて、痛い思いをして、喜んで、笑って泣いて、戦ってるでしょう? 私はあなたの戦争の話を聞くわ。だから私の戦争の話も聞いて。そしてお互い、約束しましょう。決して退屈そうには聞かないと」

***

 大抵の人は、物心がつくまでに一つの命は失っている。
 けれど、何かを理解したい時、二つの命が必要な事がある。
 分け合うか、譲り受けるかもわからない。命は二つなくてはいけない。求めたいから、僕は奪わずに済む戦争の話をしなくてはいけない。

カラクリ島の人々


 何と呼ぶべきか長々と迷ったのですが、日記にはカラクリ島と記す事にしました。そうは言っても、海の外に別の島が見えるわけでも無いし、太陽さえも歯車で自分の位置を定めているようにさえ見えます。となると、ここは一握りの地面だけを持った水球、カラクリ「星」なのではないかという気がしてなりません。島と呼ぼうと決めたのは、私が見る限りの世界でわかるのは、ここが島であるという事だけだからです。
 島の横縦、せいぜい歩いて数十分と、ここが甚だ狭い所なのは間違いなく、四方を囲む海の波が鳴る音と同じくらいに、終日とおして、カタ、カタと部品がかち合うような音が聞こえて参ります。
 時折大きな波が来ますと、カタタ、カタタ、と部品の音は大きくなって、海岸線をぐるりと防波堤がせり出てきて、波を押し返す仕組みでした。返った波も、遠く水平線の彼方で、やはり部品の音と共に折り返して来ますので、ともすれば、この波さえも歯車の成せる現象の一つなのかもしれません。
 島は上板と下板の二層から成っていて、ちょうど漢字の「串」のような具合です。家々は全て下板に建てられております。上板は島の地面で型を取ったみたいにでこぼこしていて、所々に穴が空いています。時折、その板が降りてきて、地面をぴったりと覆いつくし、島を守るのでした。穴は下板の家々をつぶさないための隙間なのです。台風が来て、防波堤を超える大波が来た後などは、上板だけが、音とともに斜めに持ち上がり、海に流木やくずを戻してやるのでした。
 島の中央には大きな灯台の如きものがあり、その先端には不細工なプロペラの様な物がくっ付いています。そのプロペラが地面に大きな影を作って、島の人々は時間を知るのです。毎日、影の形の通りに太陽が昇り、月が昇りしますので、私は不細工なプロペラが、ねじまきのように見えて仕方ありませんでした。もししばらくの事ねじまきを忘れてしまったら、島は闇の中で止まってしまうのではないかというほど、ゆっくりと動く灯台のプロペラは、島のカタカタと言う音に似合っていました。
 私が住んでいるのは、そういう島でした。
 先ほど、人々、という表現をしましたが、ここに住んでいるのは私以外に10人だけです。皆それぞれ役割があります。歌う人と、踊る人、音を鳴らす人、絵を描く人、祈る人、そして笑う人が五人です。私は、笑う人の六人目になりました。
 言葉は通じません。言葉があるのかもわかりません。長くここに居ますが、住人達が発する音に何ら法則性のようなものは見受けられませんでした。何かを伝えるというよりは、例えば歌う人ならば声を発し、踊る人ならば息を漏らし、というように、ただ空気の出入りと、その最中に出来てしまった音だけがあるように感じます。そして、それ以上の性質などいらないというように、単調だったとしても、島は勤勉に歴史を作っていました。

***

 カタタ、カタタの後、ガタン、と揺れたら朝です。その音は大きく、私以外の十の住人たちも全く同時に目が覚めているに違い在りません。それもきっと、眠気や気だるさなんて微塵も感じさせないように、むっくと起き上がりすぐさま立っては歩き始めているのでしょう。何故なら、私が外に出る頃にはもう皆外へ出ていて、思い思いに歌を、踊りを楽しんでいるからです。島だけで無く、此処の人々もまたカラクリの如く正確に日を刻んでいます。
 島の周囲をゆっくりと回り続ける車輪付きの風見鶏を脇目に見ながら、私に宛がわれた家から島の中央まで真っ直ぐ結んだ一本の道を歩きます。どうしても、カタ、カタタ、と鳴る音と歩く拍子をしっかり重ねてしまいます。防波堤は未だ低くあり、今日の所は大きな波は無さそうです。
 道すがら歌う人が居て、私を見て歌を変えたので、私も笑いました。歌がどんな言葉で作られた音なのかはわかりません。けれど、自分の持つ表現方法を正確に返すだけで、コミニュケーションは成り立ちます。面倒でないので、私はこの方法に大いに満足していました。
 踊る人に笑い返し、音を鳴らす人、絵を描く人にも同様に笑いました。祈る人にも笑ったのですが、こちらは目を瞑っていたので見えなかったに違いありません。けれど、見えなかろうが笑う事こそが、祈る人への挨拶になるはずです。そしてそれが、笑う人である私の役割なのです。
 プロペラの根元に付くと、そこには既に五人の笑う人が居ました。朝笑う人のする事は皆同じですから、当然と言えば当然でした。
 道の果てにある小さな丘の、取っ手の付いた円形の蓋を開けると、地面の中にはトロッコが到着していました。やはりカラクリによってここまでを旅してきたと思われるトロッコには、食べ物がたっぷりと積んであります。土の中のレールの果ては海の外へと繋がっているのか遠く見えなくて、誰がどうして食べ物をよこしてくれるのかはわかりません。このレールを辿って調べようとも思いましたが、一日で果てに辿り着けなかったなら、毎朝来るこのトロッコに、体が押しつぶされてしまうのは間違いの無い事です。それを想像するに、私は調べるのをとうとう諦めました。
 この食べ物の到着が無くなったら、私達はきっと生きては行けないでしょう。けれど、これらの物資がやって来ない事は、これまで一度もありませんでした。
 奪い合う事も無く充分にある食料を持って、笑う人たちはそれぞれの場所へ向かいます。ある者は、歌う人を見て、一緒に笑っては、食べ物を置いて帰ります。踊る人を見に行って食べ物を置き、音を鳴らす人の所へも行って食べ物を置く、忙しい笑う人も居ました。私は今日食べ物が少なかったと見える、絵を描く人と祈る人の元へ行き、充分な食べ物を置きました。
 笑う人は家に帰ると、手元に残った食べ物を食べます。帰り際に出会った笑う人などは、手元にいくらも残っていませんでしたが、とても満足そうな顔をしていました。
 灯台のプロペラの影が二周と半分を過ぎた頃、島の上板では住民全てが集合し、やはり歌ったり踊ったり、笑ったりするのです。今日は音を鳴らす人の拍子に合わせて、絵を描く人が一枚、大きなやつを仕上げました。笑う人はいよいよ笑っていました。その間中大きな波も無かったのは、祈る人のおかげかもしれません。
 けれど、真横から来る水ばかりを心配していた為か、悲しい水は真上から来てしまったのです。雨は最初はぽつぽつと気配を出していましたが、じきに大降りになりました。
 集まっていた住人は皆慌てて家に帰ります。
 雨くらい、どうという事も無いだろうに、と、以前は思っていました。けれど、どうやら雨こそが、深刻なのです。
 私が思うに、ここはカラクリ島なので、雨で油が流れて、ねじまきが錆びてしまったとしたら、誰一人、もう生きては行けないのでしょう。雨が降るたびに、刻々と歳を取るように、余命が失われて行くのでしょう。

***

 夜の間中、雨は屋根を叩き、雷が窓を軋ませていました。初めて経験する長い、強い雨と雷でした。私はこの世界がつくりものでは無い、とその時ふと思ったのです。何もかもが歯車やねじまきで動いているようなこの島に、その電気の槌は不思議と生々しく、私達が持つ暗い感覚のドームを突き破って来るみたいでした。カタ、カタという音は雨と雷鳴にすっかりかき消され、今外を歩いた所で歩幅を操られる事も無いでしょう。忘れるなよ生命、と言うように空が唸ります。
 私はどこか高揚する気分を抑える事が出来なくなっていました。明日、朝がやってくる頃にはどうにかなって、もう以前の朝に戻る事は無いのではないか、家を打つ音には、そう思わせる何かがありました。考え始めると、夜を騒がしく満たす音たちが、いよいよ攻撃的に、乱暴に響いて来るように思えます。風が轟々と吹き始め、攫った小石を次々に窓に当てては音を立てます。雲を割る光があまりにも強いので、時々昼よりも外が白くなりました。
 一方で、私の破滅的な考えもまた回転をやめられなくなりました。例えば、この島で一番高い、あの灯台のプロペラに、光は突き刺さるのでは無いかしらん。そうなれば、この島のねじを巻くものはもうありません。時は止まって、朝も昼も無いまま、いつまでも何も起こらなくなるでしょう。返す波はもう無く、防波堤は沈んだまま、風見鶏は回らず、落ちかけの雷と、飛んだ最中の木の葉が、空中でぴたりと止まった様子を私は思い浮かべました。
 この夜を放っておいて眠りに付くなどとても出来ませんでした。私は目をぎんぎんに開いたまま、一つの稲光も逃すまいというように、窓を見つめていました。
 それだというのに、雨のあがった瞬間は、とうとうわかりませんでした。一睡もしないまま、見つめたはずの窓からはいつの間にか白の射線が延び、部屋の床を四角に切り取っています。どこか無機な、小鳥の鳴き声が聞こえます。あの風見鶏が鳴いているのかと思いました。
 カタタ、カタタの後、ガタンと鳴りました。寿命を心配した住人たちは、今日もむくっと起き上がり、あれよと言う間に、自らの場所へと行っているのだろうか。私はいつに無い速さで体を起こし、外に出ました。
 島の「串」の上板が持ち上がり、木屑や飛んだ石を全て海に返しています。その中央に、灯台は損なわれる事なく立っていました。別段残念という事もなく、私はその根元の、食べ物の元へと向かいます。いつものように、笑う事で挨拶をしました。祈る人は、今日も一生懸命で目を瞑っていたけれど、同じように笑いかけました。
 食べ物のトロッコは到着していました。何もかもが変わらない様に見えたのです。けれど、無視を決め込むには、あまりに不自然で、私は立ち止まりました。誰も、不自然そうな顔などしてくれるわけが無いので、私くらいは、そうしなければと思ったのです。
 食べ物を手に取る笑う人が四人、一人がそこに居ません。変わりに、トロッコが到着する円形の穴の横に、雑に集めて寄せられたと見える、歯車と、ねじや、針金や、木屑なんかの山がありました。一人分が、まるでその部品たちで出来ていたのだというように、木屑の傾いた具合が、なんだか手のひらのように見えました。

***

 その次の朝も、また次の朝も、笑う人は一人見当たりませんでした。誰一人気にする様子もありません。気にしていたとしても、それを確認する術はありません。歌ったり、笑ったり、それぞれの行いだけが正確に続いていました。
 灯台の下に届く食べ物も、やはり変わらない量が届きました。笑う人の誰も、多めに取っていくという事は無く、これまで減っていた一人分が、いつも残されるようになりました。だから、絵を描いたり、祈ったりする人の元に配られる分が、ちょっとは減ってしまうのかもしれません。往復して、私がもう一人分を配り歩こうかと思いました。けど、歌や踊りに陰りがあるようにも見えないので、やめました。
 どういうわけか減った島の住人に、驚くでもなく、悲しむでもなく、やはり勤勉にカタ、カタタという音が響きます。地面の影を動かしながら、歩幅だけでなく、考える私の頭の中も整理し、並べなおそうとしているようでした。
 笑う人が消えた日、そこにあった歯車やねじ、それは死体だったのじゃないかしら。つまり、消えた笑う人は死んだのでは無いかしら、死んだのカタ、カタタ。けれど、死んだら血が流れるもので、歯車がこぼれるわけはない。だけど、あれは死んカタ、カタタ。あの歯車は何だったのだろう。きっと大事なものだろう。放っておくなんてきカタ、カタタ。馬鹿らしい。雨風が運んだ、海のゴミだ。気にするな。カタ、カタタ。明日はどんな食べ物が届くのかしら。カタ、カタタ。
 実を言えば、私は、この日記を、ずっと、ずっと遡って、思い出し思い出し書いているのです。だからこそ、わかるのです。あの音を、私たちの誰もが間違って聞いていたのだと思います。あの音がしようとしている事は、私達に時間を知らせる事でもなく、歩幅をしっかりと揃える事でも無い。入り込んで、内側から狂わせてしまおうという、ちぐはぐな歯車の音なのです。
 けれど、音は私にそれを思いつかせないように、何度も何度も、頭を整然と、一見してどうでもないふうに並べなおしては、朝を呼びました。幾度と無く食べ物を取りに行き、目を瞑った祈る人に食べ物を届けました。とうとう、すっかり、笑う人が居た事など、忘れてしまっていました。
 今、一つ心配な事があります。あの音を聞くたびに忘れてきた、多くの物事を、こうやって掘り起こして日記に書ける事は喜びでさえあります。けど、音を聞くたび、何かを忘れていく事もまた確かのようです。寝ても、歩いても、食べても響く音に気づいた時、いつだって、すっきりとした自分の頭に気づくのです。それは、ただの心地よさのようであり、複雑な空虚さのようでもありました。
 だから心配なのです。私はいずれ、文字を忘れるでしょう。そうなれば、もう日記は書けないでしょう。書けなければ、私は笑う以外、何も出来ない事になるでしょう。音を、止めなくてはいけないのかもしれません。けれど、あれは歯車の音です。止めた時、食べ物は届くのか。打ち寄せる波を払えるのか。私は生きてゆけるのか。それはわかりません。

***

 そしてある日、再び、強い雨と雷が、カラクリ島を打ちました。
 部屋に閉じこもりながら、私は例によって、高ぶっていく気持ちに気がつきました。目を知らずのうちに大きく開いていました。口を開け放している顔が窓に映り込んでいます。稲光が去るほどに、その口元が少しずつ笑っていくようです。今日のやつは、一段とと凄いぞ、と私は思いました。先日の雨とそう違わなかっただろうけれど、日々均一なあの歯車の音に慣れ切っていれば、この雨音と雷鳴に驚かないわけにはいきません。
 ちょうど、その日だったと思います。私は日記をつけよう、と思ったのでした。日が高い内は、何でもふとどうでも良くなってしまい、何かを考えたり何かをしたりには向きません。けれど、この雨音が叩きつけ、雷が鼓膜を目覚めさていせる間だけ、私は何だって出来るのです。雨の日にだけ、私は日記が書けるのです。
 その時にはもう、私はあのカラクリの音に疑いを持っていました。聞き続ければ、何もかも忘れていくような気がしていました。遠く以前の事を書こうと思う程、それは確信に近づいて行きました。既にして、思い出せない事が多すぎました。
 事実、この日記を書き始めの一文まで、私は随分と時間を使いました。なぜなら、どうやってここへ来て、ここで過ごす事になったのか。先ずの所さえ、一切の記憶が見当たらないのです。恐らくは漂流したのでしょう。脳の中に、幼少の自分の姿はとっくに欠落しているけれど、それ程の昔からここに住んでいたとは思えませんでした。なぜ、この島に私の家があったのかもわかりません。トロッコで食べ物が届くというのも、言葉がわからないというのも、何ともオカシナ話です。
 いえ、そんな事は全て些細なものでした。どう思い直しても、やっぱり一番の変は、そんなオカシナ話を少しもオカシイと思わず過ごしてきた、私のこの脳の中だというのは明らかでした。
 急に、夜が冷やした全ての空気が、キィンと鳴るように、私の背中を突如襲ったように、不安になりました。その一瞬だけ、雨も雷も歯車も音をやめ、私の耳は私の音だけを拾いました。心臓の音が、聞こえたような、聞こえなかったような気がします。
 ナゼ、今まで私は、不安にさえ思わなかった。これはオカシイ。どうにもオカシイ。
 窓の外、波を跳ね返す堤防はいよいよ高くせりあがっていて、狭いこの島を一層狭く押し寄せさせていました。お前が不安なんかになるから、隔てなくてはいけなくなったではないか、とでも言うように、歯車によって、その壁は高く高く伸びていました。
 伸びる壁と戦うような気持ちで、私は頭をひねり、オカシイと思う事を探して、不安になりながら、日記をひたすらに書きました。余り、時間が無いような気がしていました。奪われるのか只消えるのか、私の何もかもが無くなるまで、そう時間が無いような気がしていました。
 手の動く限りに書いて、書き続けました。ふとペンを取り落として、床に転がしてしまったのですが、私はそれを拾うのが、なんだか物凄く面倒な気がしました。実につまらない労力であると思えました。気がつけばその時、雨は上がっていて、また朝が来ていました。カタ、カタタ、と音が響いていました。

***

 雨上がりの朝、歌う人と笑う人が一人ずつ、消えていました。小さな島だとは言え、隠れる場所くらいはきっとあるでしょう。ですから、本当に消えたと知る為には、もっともっと、念入りに探す必要があるでしょう。けれど、私はその二人が、もう居ないと感じています。食べ物が届く灯台の下に、前の雨上がりの二倍ほど、大きな歯車と木屑の山が出来ていました。まるっきり、同じ考えが頭をよぎりました。この歯車と木屑をくみ上げたら、人が二人分、出来上がるのではないか、という事です。
 実際に試してみようかとさえ思いました。けど、出来ませんでした。よほど組み立てようという気持ちで歯車の山を見つめていると、私のその様子を、残った四人の笑う人が、食べ物を得るのを止めてずっとこちらを見て笑っていたからでした。その顔は、何を気にしているんだ、と可笑しがっているようにも見え、またくだらない事をするな、と暗に示しているようにも見えます。私が歯車に手を伸ばした途端、襲い掛かってくるのではないか、とも思えます。それくらい、どうとでも取れる笑い顔でした。
 何にしろ夜です。夜にやるべきだと私は思いました。一度も感じたことの無かった疑念に、私は捕らわれ始めたのです。笑うだけ、踊るだけ、絵を描くだけのこの人たちが、本当に安全なのだろうか。私は、彼らは、何のためにここにいるのだろうか。ヨクモマア、こんな事も不思議がらずに、今日マデを、カタ、カタタ、ト、オトが鳴りました。
 充分な食料を取り、踊る人、音を鳴らす人、絵を描く人、祈る人にも置いて回り、家へと向かいます。島の上板が高く持ち上がり、水溜りを乾かそうとしているようです。折れた風見鶏が島を見張るように動いています。防波堤は壊れた箇所を確認するよう、ゆっくりと上り下りを繰り返します。歌う人の居なくなった島は、少しだけ静かに感じます。今が静かなだけではなく、これから、歌に併せて踊ったり、歌に併せて絵を描いたり、そういった事が永久に出来なくなった、遠く向こうへと続く静けさのように感じます。
 家に帰り、私は食べ物を口に運びながら、本を読んで過ごしました。また、オカシナ本だったのですが、その日は他にするべき事も思いつきませんでした。踊りを見る気分でも、絵を見る気分でも無かったのです。一緒に祈るという事なら、考えたのですが、私に出来る祈りとは、せいぜい笑う事くらいなのです。
 やがて、夜が来ました。静かな夜でした。絶え間ない例の音さえ取り除けば、この世に音があるのかと疑う事も出来そうです。私は本を読み終えて、また何か忘れている心持ちがしていましたが、この音の合間にそれを思い出せるはずがありません。このまま、忘れていながら、忘れていくのだと、今日もこうやって眠るだけなのだと、思いました。けれど、カタ、カタと響く音のほかに、音が聞こえてきたのです。
 それは太鼓の音です。朝、食べ物を取りにの行き帰りに、私はいつもその音を聞いています。音を鳴らす人の太鼓の音です。音は近づいてきて、ちょうど家の裏手あたりで止まります。太鼓の音に隠れて、あの忌々しい歯車の音は聞こえなくなります。そのまま、いつまでもいつまでも、音を鳴らす人は太鼓を叩き続けるのです。
 外に飛び出してその姿を見ようと思いました。けれど、太鼓の音が望んでいる事はそうではないのです。言葉などわからないので、思い込みかもしれません。けど、確かにこう言っているように聞こえました。忘れるな。思い出せ。歯車の音を聞くな。その間、太鼓を鳴らしていてやる。忘れるな。思い出せ。
 心音が速度を増して、太鼓と合わさるかという時、私は漸く、ああ、今日という日を、またしても漫然と、アッケラカンと過ごしてしまったのだと思い至りました。もちろん、たかだか笑う人に何が出来ましょう、という思いもあります。けど、音を鳴らす人だって、此れ程に必死に、私に訴えている。もはや、雨の日に日記を書くだけでは足りないのです。
 太鼓の音が響く中、私は考えます。強い雨の次の朝、その二回とも、人が消えました。代わりに歯車の山がありました。だからと言って、何を納得できるでしょう。私達は忽然と消えたりはしません。消えたとして、そのまま変わる事なく続いていく日などありません。
 歌う人と、笑う人を二人、探さなくてはいけません。死んだというなら、死体を探さなくてはいけません。
 家を出ると、夜の道はまるで違う景色です。歩くと、太鼓の音は遠ざかります。しっかりと、自分の心音に耳を傾けて、灯台の下を目指し歩きます。海を見やれば、どこか調子が悪いのか、防波堤が下がったままです。この島の事を何も知ってはいなかった、と思わなくてはいけませんでした。波など一つも立ってはいないのです。防波堤など、飾りだったのです。どうやら、この水の果てもやはりカラクリで、波を作って寄こしていただけなのです。

***

 星を見張る時計のように、外へ出ると一層あの音は勤勉に響いています。極力、そちらへ意識を向けないよう、私は走る事にしました。拍子を合わせてしまわずに済むし、心音を強く聞けるからでした。
 今まで何者にも、どんな抗力も受けてこなかった歯車の音は、きっと初めて邪魔をされているのです。風にも、住む人々にも押し留められる事もなく、迷わずただ動いていたカラクリの根が、私の新しい歩幅と、未だ響いているであろう太鼓の激しい音によって始めてかき乱されようとしているのです。
 灯台の下と家を結ぶ一本の道を外れて、島を走ります。随分と長く、道の外を見ては居なかったようで、どこに何があるのか全く検討も付きません。木の陰を、大岩の裏を丹念に調べては、息が整う前に別を探します。時折、巡ってきた風見鶏の車輪の音が近づくと、身を屈めてやり過ごします。今、歯車で動いていそうな者たちに、心音で動いているこの身を見せてはいけない気がしたのでした。胴体の折れた風見鶏が遠ざかると、また月の下へ飛び出しました。星を出鱈目に数えて拍子を少しでも崩そうと心がけました。夜の間は、島の上板が地面にまで降りて来ているので、空が良く見えます。
 隅々を探して回ります。笑う人が二人と、歌う人がどこかに隠れている、と考えていたのかはわかりません。死体を探していたのかもしれません。何も無いと感じていて、ただ確認しているのかもしれません。自分がどう考えていたにせよ、あの歯車の音が自分を仕舞い込まない夜はそう多くないはずで、この夜に出来る事はしてしまいたかったのです。
 けれどやはり、島に彼らの姿はありませんでした。残された場所は、食べ物が届くトロッコのあの深い穴しかありません。足がそれを感じたように、自然と私は灯台の真下へと来ていました。
 トロッコ一台分が通れる程度の、レールの敷かれた横穴を見ながら、私は心音とあがった息に頼って考えます。月はまだ高くありました。けど、朝が近づけば、食べ物を届けようとトロッコがやってきます。この中へ留まったなら、それは容赦なく私を押しつぶすに違いありません。
 時間を計って、折り返して間に合う、辛うじての場所までを這っていこうか。けれど、この島に時間を知らせるのはあの歯車の音だけで、それを頼りにすればきっと良い事にはならない。考えては、頭を過ぎります。三人が消えた時、かならずこの穴の側に、歯車の山が積まれていたのです。
 息が整っていくのを感じます。月はまだ高くありますが、時間の問題です。朝になれば、ぴったりと地面についた上板は再び高く持ち上がり、夜の間に地面に溜まった、塵くずや要らないものを全部、海らしい水に返してやるでしょう。その中には、私も含まれているかもしれません。朝になれば、全てを無かった事にして、また始める事が出来る島なのです。
 何故でしょうか。その時ふと、祈り続けるあの人の顔が浮かびました。一度もこちらを見ず、丹念に、一心に手を合わせ、誰かに何かを届けようとしている姿が痛烈に、私を打ちました。その様子が、否応無く私に勇気を沸き起こさせるのです。
 歯車の音がどうした。時間が何だ。そんなもの、おおよそだ。
 光は全く無く、先も見えません。狭いのに、あの歯車の音がいよいよと大きくなって聞こえます。太鼓を思い出し、心音から目を離さないようにしながら、おおよその朝まで、私は、その横穴を進みます。

***

 赤ん坊のようについた四足から、ひんやりと続いていく金属の感触があり、それを頼りに、暗い道を進みます。土壁は張り巡らされた木で固く覆われて、崩れる心配をする必要は無さそうでした。ただ狭いので、レールを伝わなくてはすぐに肩をぶつけてしまいます。レールも固い角が私の手を押すので、結局どちらにしても痛いのですが、私は肩よりも、手の痛みを選びました。土や黴が鼻を通り、肺を容赦なく汚そうとしているようでした。手足を進めながら、呼吸と痛み、と私は思います。その汚れた空気さえ、だんだんと手を痛めつける冷たい金属の感触さえ、私は嬉しく思っているようでした。
 島を走り回るよりも汗をかいています。暗い道に少しでも心音を響かせるように考えながら、今も鳴っているであろう歯車の拍子を少しでも遠ざけようとしながら、前へ進みます。外側に付いた耳をなだめて、内側に繋がっている耳の根元を騙しながら、歯車の音がいよいよ大きく響いているに違いない道の先へと逆らうように進みます。
 私はその時、すっかりと信じ込む事が出来ていたのです。島には依然として間違いの無い仕組みが横たわっていて、私はそこにぽっかりと浮いたただ一つの異分子なのだと。ただ一人私だけが、この道を逆行し、突き止める事が出来るのだと、そして、しなくてはいけないのだと、信じていたのです。
 奥には私に目撃される為に、秘された仕組みの、最初の歯車があるのです。それは島の意味で、私たち住人は、そこで漸く、歯車に過ぎなかった自分の身体を知るのです。全てを知って、なおも逆らう事で、アタリマエに生きていた自分をヤット思い出すのです。
 手と足を前へ出します。汗がどっと噴き出てきます。屈めた身体の痛む箇所が、着々と増えていきます。空気が肺を汚し続けます。喉から、掠れた音が鳴ります。鼓動が高鳴ります。それはアタリマエに生きている証で、ウツクシイ疲れた証拠でした。ドロドロに溶けた身体が、少しずつ闇と同じモノへと向かって紛れて行くようです。そのツカレにつけ込むように、忌々しい音が今にも入り込もうとしているに違いありません。心臓が打っているのに、身体が歯車の音を拒む力を失っていく気がして、私は恐れます。唇がつったように震えるのを感じました。気がつけば、私は全身全霊、あらゆる努力でもって、あと一歩の瀬戸際で歯車の音を耐えているに過ぎないのでした。暗い道を進み、いよいよ例の音は大きく響いているに違い在りません。イヨイヨ、例の音は大きく響いているに違い在りません。心臓に向け続けていた耳の根も疲れ果てています。呼吸の音をあっと言う間に吸い込む暗闇の中、かすかに残る太鼓の残響を思い出しながら、あの時何故か頭に浮かんだ、祈る人を思い出しながら。その穏やかな心音を想像して、タダ一方的に向けた笑顔を少し恥じて、慈しんで、それでも身体がヒメイをあげ続けテ……。
 音が、聞こえなくなっては、音が、聞こえてしまうから、音が、欲しいのですが、身体が鈍く重くなるばかりです。時間が、今、どれくらい経ったのか、わかりません。心音は、時計とは違って、誰にも、均一でなく。
 この島と島の外を結ぶ暗い道で、私は境目に居ました。レールに乗せた手は痛みを感じる事も忘れ行き、疲れて闇に身体が同化するように、手も金属に吸い込まれていくのかもしれません。そうすれば、まるで歯車のようになった自分の手に、気づく時が来るのかもしれません。朽ちてうちあげられ、歯車と木屑の山になった我が身が地に横たわり、仕組みが海へ返してやるのかもしれません。その考えに、私は力なく笑う事も出来ます。それが私の役割でした。
 どうにも感覚の無くなった手足を携えながら、絶え絶えの息を一つの温度や、音と感じながら、けれど私は笑う事はしませんでした。
 代わりに、誰の為や何の為でなく、ただ、祈りました。
 祈りは、捧げては消えるような儚いものだと知ります。変えたり、残ったりを期待させるでもなく、数秒の自分を静かにするくらいの力しかありません。けれど、音が聞こえました。それは、自身の心音ではありませんでした。あの歯車の音でもありません。
 それは低く響き、微かな振動を手に伝えました。重い鎖で満ちた海の波の音のような、波紋ではなく一直線に進む強い音でした。轟々と響いて、こちらへ向かってくるのです。
 すぐに、心音も歯車も聞こえなくなります。この音が意味する未来は、映像として鮮明に私を警告しました。湿って汚れた顔にふわりと風が吹く気がしました。もはや明らかでした。金属を擦る車輪の回転を早め、今にも押しつぶそうとトロッコが迫っているのです。
 大きな声を上げました。いつぶりかもわからない大声で、一瞬で喉がつぶれます。出した声で轟音を押し戻そうというように、身体が勝手にそうしました。もちろん、迫る音を押し戻せはしません。
 暗い道、近づく音に、いつ眼前に巨大な塊が迫るとも知れず、身をひねりました。後退するにも穴は狭すぎました。あちこちに身体を打ち、けれど痛みよりも増して音が恐ろしく、気にする間もありません。全くどうやったのか、頭を、肩を何度もぶつけながら、身を返しました。痛みを無視して、身体を通っているはずの肉の、骨の、曲がるべき方向を無視して、私はとにかく、身体の向きを変え、ある限りの力で道を戻りました。そうしている間にも音は迫ります。粘り気のある汗が額や手を覆っています。もしかしたら、私に流れていた血なのかもしれません。どれほどを這って来たのか検討も付きません。ひょっとしたら、身体の向きさえ、上手く変えられていなかったのではないかと、疑念が沸きます。進む方向から、突如トロッコが現われて、この身を押しつぶす想像をします。押しつぶして、灯台の元までを走り、ガタン、と鳴らすのです。それは朝の合図で、私はそのすぐ側に、歯車と木屑となって横たわるのです。着々と大きくなる車輪の音から逃げていると信じて、進むよりありません。迫る気配が、後ろ足の先をひりひりとさせます。轟音は益々大きくなります。島を囲う風見鶏のように、私の周りを、いつでも押しつぶせるぞと回っているようにさえ感じます。
 あっという間だったのか、果てしなく長い時間だったのか、漸く見えた光に飛び込んで身を転がしました。すぐ後ろから、トロッコが大きな音を立てて、私の幻影を押しつぶすように衝突し、止まります。顔も手も、土なのか血なのか、とにかく茶けていましたが、私は何とか、命を取り留めたようでした。
 停止したトロッコには、山ほどの石が積んでありました。人を押しつぶすのに充分な重さを得て、いつにも増して強い力で暗い道を突き進んでいたのです。頭が少しずつはっきりとしていき、自分の呼吸に気づきます。すっかりと明るくなっている島を見回そうとして、私は驚きました。
 笑う人が三人、じっと、こちらを見ていたのです。今までとは違う、はっきりと敵意のある笑い方のように見えました。いつものように、笑い返す事など出来そうもありませんでした。すぐにでも、逃げ出したいと思いました。けれど、ここへ来るまでの間に微塵も残さずに力を使ってしまったようで、全く身体は動こうとしませんでした。三人は互いの様子を伺いながら、一歩、また一歩とこちらへ近づいてきます。声も出ません。恐ろしくて、どれほど目を見開いていたかも知れません。けれど、その引きつった顔も、笑っているようには見えなかったのでしょう。笑う人たちは詰め寄り、私はとうとう、気を失いました。
 遠目に微かに、ここへ来るはずの無い、祈る人の姿を見たような気がしました。カタ、カタタ、と音が鳴っています。

***

 灯台の影が朝を示し、調子を落とした防波堤の軋む音も同じように朝を示します。ガタン、の音は聞き逃しましたがきっと鳴っていたでしょう。私は半ば義務的に、随分と危険な目にあったと考え、やはり義務的に、笑う人や、残った人々に不審がられないだろうかという心配にかられました。そうしなくては忘れてしまう、と警告する自分が居た為です。けれども、深く長く考えるには記憶は随分と風化してチッポケになっておりましたし、案外、別段と変わらない日が続いていくのだろうという気もします。
 寝ていたのはたった一晩では無かったかもしれません。思いのほか痛みや重みから快復しているこの身も、忘れる事を後押ししました。
 私の心音とあれほど戦った歯車の音も、少しの衰えも無く続いているので、島はまだ生きているのです。あの日に訪れた、勇壮で果敢な、一度きりの自分も、何一つ変える事は無かったのだと思いました。微かに、ほんの僅かに、悔しいような、怒りに燃えるような、何かしら身を震わせる感情が降りてきましたが、それも一瞬の事でした。金属のかち合うような音が響きます。島の歯車は磨耗する事も無く、音を立て続けています。もはや私には、あの音が死の仕組みなのか、生の仕組みなのかわかりません。確実な時を永遠に告げながら、私を漫然と生かし続け、朝の光が届く頃には、昨日までの苦痛も何一つ持ち込む事もありません。
 食べ物を取りに歩くと、音を鳴らす人と、笑う人が一人ずつ居ませんでした。これで島には、私も含めて六人しか居なくなりました。笑う人が二人と、踊る人、絵を描く人、そして祈る人です。随分と寂しくなった気がするのも、きっと私だけ、それも、今の私だけなのでしょう。
 けれど、けれど今も信じている事があります。その時の私は、ただひたすらに諦めたり、忘れる事を望んだりしていたわけでは、決して無かったはずです。整然と並べ替えられていく記憶をできるだけ動かすまいと、消されていく不都合を追いかけ、奪い返そうと思っていたはずです。否が応でものんべんだらりに墜ち行く脳の片隅で、好き勝手に置き換わる気持ちや現状に歯噛みし、血に塗れながら、例えば本能と呼ぶべき部分は、まだ変化を望んでいたと思うのです。
 祈る人へ食べ物を運びました。その人を見ている時、私の中に本能の火が微かにちらつきました。祈る人は動かず、目は固く閉ざされています。側に他の人が居ない事を確認して、私も目を閉じ、手を合わせました。刹那、周囲が静かになった気がしました。
 勿論、気のせいに違い在りません。歯車は以前として、音をたてています。けれども、私は目蓋の裏を見ながら、胸の上と、頭の後ろの辺りに、しん、と落ちてくる霞のようなものを感じていました。これが、祈る人の感じている世界ならば、私はあの音を、それほど気にしなくて済むようなのです。

***

 家に帰ると、私は本を手に取ります。ほとんど飾りのように持ち、何も考えずにページを捲ります。内容などほとんど頭に入っては来ませんでしたが、捲る事こそが重要でした。この島では反復する事こそが生きる事で、反復に気づく事とは反逆なのです。生きて、反逆するために、捲りながら私は考えました。
 もうこの島に、歌はありません。音はありません。ただひっそりと絵は描かれ、祈られ、踊りは激しくても、きっと寂しいものになります。
 ページを捲ります。私は、笑う人でした。あの歯車の音やこの島の仕組みのひとつとして、それはアタリマエの、定められている物事なのだと思っていました。けれど、それは自らが決めた事なのかもしれません。都合が悪ければ忘れていくのは、この島では良くある事でした。
 ページを捲ります。もう音の無いこの島だから、音を鳴らす人になりたいと思いました。実際、出来る気がしました。あの暗い横穴で、つい先ほどの帰り道で、私は祈る事が出来たし、こうやって、日記を書く人でもあったのです。
 ページを捲ります。歯車の音に足止めされているのか、あるいは急かされているのか、皆、出来る他の事を忘れているのかもしれません。その身に染み付いた一番の事を、一心にやっているだけなのです。それは恐ろしく、効率的なプロペラのように、時間と力をしっかりと、歯車のように噛み合わせる方法でした。
 ページを捲ります。私が思うに、だからこそ、歌う人と音を鳴らす人は、居なくなったのです。歌と太鼓は歯車の音を紛らわし、仕組みの外へと揺らぎながら足を踏み出し、命を縮めてしまったのです。歯車など無くても、無心の人など在り得なくて、ただアタリマエの風化を見ながら、私のように苦しみ、どうも出来ないまま身を燃やしているのです。
 本を棚に戻します。棚を見て、私は息をのみました。そこには、何十、何百冊の本の背表紙が、ずらりと並んでいました。何もかもが曖昧な、浮かんでは消えていく疑念を、その時私は、もう一つ掘り起こして震えました。
 私は長く生きて、何度も日記を書き記しているのではないでしょうか。書き上げて、その事をスッカリ忘れてしまっているのではないでしょうか。ここに並ぶ全ての本が、全て私の作品なのではないでしょうか。もう長く、結局変えられなかった毎日を、結局変えられないまま何度も体験しているのではないでしょうか。
 暗雲は一瞬で空を覆い尽くしました。
 そして、カラクリ島に、最後の雨が降り出しました。
 これまでに生きた中の、どんな雨よりも、ずっと激しい雨でした。私がどれほど忘れていようとも、それは確かなように思えました。雷光は鋭く、金属のように煌いて、生々しい生命の音を立てました。
 消えていった人たちを思います。誰もがもがき、変えられなかったのです。雨が身を錆びさせても、歯車が忘れさせても、けれど風化が終わるまでは歌い続け、笑い続けなくてはいけません。
 太鼓の音を思い出します。あの夜の音を鳴らす人のように、私は家を飛び出し、島にある家々へ走ります。片端から戸を殴り、中へ居るはずの、雨に怯える人へ向けて、大声で笑い声を聞かせるのです。歌は知らないし、楽器も知りませんから、それが私が出せる音です。
 また、祈る人の顔が浮かびました。どうしても、気にかかってしまう人のようでした。そして、思い出す度に、どうしても色付いてしまう人でした。この世の境界のような暗い道の中にあっても、暗雲と稲光の白黒の最中にあっても、その顔はいつも豊かで、無邪気な色に包まれていました。濡れたような黒い睫を伏せて、小さな珠のような唇を、小さく結んでいる姿が、俯く顔に日が差し、薔薇色から少しずつ桃色へと移り変わる頬の色が、やがて透けてしまうのでは無いかというように美しいのでした。
 戸を叩き、笑い声をあげます。初めて正しい笑い方をしていると思いました。恐らくここは踊る人の家です。負けるな、というように笑います。忘れるな、思い出せ、と言っていた、あの太鼓の音を真似て。走っては、戸を叩きます。雨が、肌に、目や、口に、痛いほどに叩きつけられ、そして染みこんで行くのを感じます。
 調子の悪い防波堤は、もうすっかり動きません。風見鶏は割れて、損なわれたまま島をぎこちなく回っています。あの灯台のプロペラも、どこかにある最初の歯車も、私の身体も、皆アタリマエの風化にさらされ、永遠に失い続けながら今この島にあります。
 走り、叩き、笑いました。動かせる自分を動かし尽くすように、全ての力でもって、走り、叩き、笑いました。朝が来て、すっかり上がった雨が残した湿った地面に、歯車と木屑が無いように、そしてもう一つは、ひどく個人的だけれど、その朝に、祈る人の、美しい顔があるように。

***


 あれほどの雨を撒き散らしたにも関わらず、空はまだ黒くありました。私はその日初めて、トロッコの元へと一番乗りでやってきて、乱暴に衝突するそれの中から食べ物を両手に抱え取り、足のような、棒のような、私に生えた二本をやっとの事で動かしながら、皆が出てくるのを待っていました。
 雨は上がったとは言え、日の差さない朝はいかにも久々で、あの風車や堤防のように、何かが壊れてしまったのかと思います。だからと言って、何が違うと言えば、違わないのかもしれません。自分の力の及ぶ事の無い、気づいた時には出来上がっていた仕組みの中で、同じように過ごすより他ありません。もしかしたら、その仕組みだって変える事は出来るのでしょう。けれどその労力は、必ず生命を賭すような規模になっていくのでしょう。
 早くに外へ出ている私を見て、笑う人が二人、どこか気まずそうに笑いながらやって来ました。笑い返すと、今日の関わりは終わりというように、歩き去ります。明日も生きていれば、もっと長く笑い合っているかもしれません。まだ、そうはならないかもしれません。
 踊る人の家へと向かいます。そこには誰の気配も無くて、家の前には黙ったままの歯車と、木屑の山がもの寂しげに横たわっています。煤けたその歯車に触れると、外気よりも暖かくて、ほんの少し前まではずっと回っていたみたいに、踊り続けていたみたいだと思いました。私の笑い声は届いていたのでしょうか。変わらず風化していく身体を知りながら、最後は、音と共に踊る事が出来ていたのでしょうか。歯車と木屑の山と、元の身体が同じものだったとしても、違うものだったとしても、もはや語りかけてくれるその人は居ません。
 絵を描く人の家へ向かいます。いつの間に出て来たのか、絵を描く人は家の戸に背をあずけて、息も絶え絶えと言った様子で、けれどしっかりと、大きな紙を抱えているのでした。
 私は手に持った食べ物の、食べやすそうで、力になりそうなのを順に選んで、慌てて絵を描く人の口元へと運びます。絵を描く人は、ずれた拍子で、食べ物を噛み、噛む力が再び溜まるのを待って、また噛みます。
 そうこうしていると、家から出て来ていたらしく、祈る人が、私のすぐ側で目を閉じ、祈っていました。私と、祈る人、二人で絵を描く人を気遣いながら、私はとうとう、この人の目の、開いたのを見た事が無いな、と思いました。いつも気づいた時には祈っていて、それは深く、私はいつも、笑いかけるばかりでした。それは、この島の仕組みのせいというよりは、私の迂闊さが招いている事態のように思えます。それとこれと、何が違うのかと言われたら、わかりません。ただ、私が強く欲しているから、そう思うのかもしれません。
 やおら、絵を描く人が立ち上がりじっとこちらを見つめました。そして、私と、祈る人を、順に指差すのです。そしてもう一度、おまえと、おまえ、そう言うようにゆっくりと指と視線を向けたあと、絵を描く人は、しっかりと抱えていた、大きな紙を私に差し出しました。
 紙に描かれていたのは、私と、祈る人でした。それは、いつかの、私が、祈りを返した日の絵です。祈る人の横で、私が手を合わせています。誰にも見られていないと思ってやった事だったのですが、見られていたようでした。
 絵の中で、私が目を閉じていました。そして、祈る人の目は開いていました。私が祈るのを、穏やかに、流れるものを全てゆっくりと流れさせるような、暖かい顔で見ているのでした。まるで、笑っているようにです。それは私の想像の通りに、とても、とても美しい表情でした。
 私が祈り、祈る人が笑っています。その絵を見た私の顔を、汗なのか、血なのか、涙なのか、また、熱い液体が流れていくのを感じます。震える手が紙を潰さないように、両手で掬うように持ちました。そんな私の様子を見て、絵を描く人が、すこし笑ったように見えました。それはまるで一方通行では無いものです。関わり合い、繋がるような世界が、この小さな空間に、ふと生まれたような気持ちがします。これほど胸を打ち、外側の身体のどこをも、震わせずにはいられない事を、忘れようが無いと思いました。
 雲が覆いきれない光を漏らし、明るさが増していきます。低いままの堤防の外、波の立たない海で、宝石の魚が水面を滑るように煌きます。あの水に夕刻、太陽が溶け入って、幾度となく繰り返したら、見せ掛けの海は乾いていくのかもしれません。時々大きな雨が水位を上げながら、島に当然の風化をもたらしながら、陸を増やし、少しずつ世界が広がるかもしれません。広がらずに、続いていくかもしれません。
 歯車の動く限り、それは動き続けていて、心音が続く限り、生き続けます。それでも静かな祈る人の世界を、水面のたゆたう光のように、雨の名残を、あっと言う間に乾かしていくように、満ちても欠けても、育まれていくものであるように、私には、祈る事も出来ます。笑う事も出来ます。祈る人と過ごす音の鳴らし方も、探していく事が出来ます。
 祈る人の手を取って、灯台の元へ向かいます。どれ程か、驚かれただろうと思います。けど、絶対に、何があっても忘れないと信じられる事を、震える瞬間を、いくつも増やしてしまいたくて、私は動きました。その手の熱も、握り返す感触も、もう二度と忘れる事など無いのです。
 カタ、カタタと、音は鳴っています。

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あじわう


 お金の出処など誰も知らない。そう必要で無いのかもしれない。
 だが少なくとも服を買う分には要るだろう。というのも藤七柳さんというどこまで苗字でどこから名前かよくわからない人物は、その日々のお出かけ用の服を着替えてではなく情熱で仕上げる。一日街を歩いた服は、次の日の朝までにはどこかしこ切り裂かれたまま身に着けていて、さらに次の日の朝にはあちこち継ぎ接ぎして一日たりとも同じ様子の服を着ていない。鞄や靴とてそうだ。髪型も最初はそうしていたのだが伸びる暇が無くなったようで、いつでも短く切りそろえられていた。
 寝覚めは歌う。布団から上体を起こしたと思ったらもう玄関に向かって歩き出している。外にでて、うかうかしていたら大きな公園の小さな土手に着いている。そして歌うのだ。朝起きたてのしゃがれた声が、歌いながら少しずつ本調子になっていくさまを楽しむ。同じく動き始めた鳥や、自主的に散歩をしていた犬、猫が立ち止まり聞いていく事もあるが、そうそういい顔をして聞いていないし、楽しげなイベントに顔を出してみたというよりは、他人の習慣に巻き込まれたような仕方無さが伺えた。
 喉の通りが良くなると次は自転車だ。家に着くと自転車にまたがり、ペダルに足をかけないまま地面を蹴って後ろに数メートル下がっては、持ち上げて前に戻る。自動車玩具のゴムを巻くみたいにずるずる下がっては前へ行く。ジョギング中のお爺さんが何をしているのかと聞いたとき、藤七柳さんは「静けさの充電を」と答えたそうだ。残念ながらその充電はうまくいってないようで、いざペダルを漕ぐとベアリングが定期的にけたたましい衝突音を出した。
 自転車の行き先は二箇所しかない。寝覚めの土手で楽しげな歌を歌ったあとは、藤七柳さんはこの町の家々のすべての煙突を指で作ったピストルで打ち抜いて、また家に戻ってくる。悲しげな歌だったとき、藤七柳さんは田と線路の間の一直線の道を物凄い速さで走り抜けて、夕方まで帰ってこない。遠出の用事のあった電車の乗客が、七駅離れた場所で窓越しに藤七柳さんを見た、と言っていた。どうあっても当日のうちには家に帰る藤七柳さんだから、それが当人だったかはわからない。
 家に帰った藤七柳さんは、電気をつけると同時に一寸の隙も無いほどにカーテンをしめてしまうから、中の様子を探れた人はまだ居ない。ただ、よほどよく何かを煮込んでいるらしい。過去近隣を通りかかったあらゆる人の話を総合して、ずいぶんと遅い時間まで、家の中からはぐつぐつと何かが煮えたぎる音が聞こえるのだった。そのくせ、カレーやシチューの美味しそうなにおいがしたことは、ただの一度もありはしなかった。
 次の日、藤七柳さんが起きるや否や玄関に歩き出す頃には、いつの間にかカーテンが全開で目いっぱい朝日を吸い込んでいる。徹夜の人間も夜更かしの人間も、ついぞカーテンが開く瞬間を見たことがない。もちろんそれほどという話でもないために、誰も一日中カーテンを見張ったりはしたことがない。ただ、いつでも必ず、誰の目にも留まらずカーテンは開いていた。
 これが周囲が知る限りの藤七柳さんの生活である。周囲が知る限りにおいては藤七柳さんの人生である。
 僕はと言えば――僕はズボンの右ポケットには珈琲のガム、左ポケットにはべっ甲の飴を持っていて、べっ甲の飴を舐めている時には、藤七柳さんの日々の様子が気になって仕方が無い。そして珈琲のガムをやっているときは、果たして、頭の中はもう明日の事を考えずには居られなくなっている。

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ステップの歌

 地球の最大円周を通るように線を引いて僕は丸を描いた。裏、表、どちらが内側なのかと悩んでいると、通りすがりの誰かが耳打ちするに、これは丸じゃなくてゼロなんだから、内も外も馬鹿らしいハナシじゃないかという。それもそうか、と思って僕は線を引きなおした。

***

 電源が入っていない限り、エスカレーターは階段に過ぎない。そう考える人も居るだろう。だが実際は全く違う。それが機能としていかに階段と等しく見えても、俺たちの体は絶対に、目の前の段差をエスカレーターとしか認めない。ためしに、デパート勤めの友人に頼んで、開店前の静止したエスカレーターを昇らせてもらうといい。安全のために、昇りを選択すべきだ。なぜなら、まず一歩、足を踏み出した途端、確実によろめき、ほぼ転んでしまうことに間違いがないからだ。どんなに頭で気をつけていても、体はついてこない。それは、絞れる程に染み込んだ「慣れ」の果てだという。
 ここまでは理解できる。だがその次の言葉には全く、納得が行かなかった。
「つまり、既に今日、十人もの人が転んでいる事実から、この階段はエスカレーターであると言える」
 学校の三階と四階を結ぶ、どうみても何の変哲も無い階段の脇で屈みながら、彼は自信たっぷりにそう言うのだった。反論の余地しかない。動く仕掛けなんてどこにも見当たらないし、そもそも、もう三年も過ごした校舎だ。今更、塗装をべりっと吹き散らして本当の姿――エスカレーターが現れるとも思えない。
 僕らが張り込む理由を得たのは、通りがかりに漏れ聞こえてきた、職員室での議題だった。
 音楽室と職員室を結ぶ階段で、先月から怪我人が急増している。校内のどの階段も何事も無いのに、三階と四階を結ぶ、その階段だけがなぜか集中して、人が転ぶらしい。原因は調べている途中だけれど、警戒のこと。
「面白そうじゃないか」
 言うと思った、と言うより早く、僕は引きずられ、刑事ばりに階段に待機しなくてはいけなくなった。僕も彼も推理小説が大好きで、よく最近読んだ本の内容をああだこうだ言っては楽しんでいる。僕はそれだけのつもりだけど、向こうはそうではないらしい。どうも、自分を探偵、僕のことをワトソンに仕立て上げようとしている節がある。振り回し癖というのは往々にして、自覚は伴っている、だが反省の色は永遠に伺えない、というのが持論だったが、彼もまたそれを所持する一人なのだ。
 以降、昼休み、放課後、授業が無いとわかれば僕たちは階段へ行った。最初は何か無いかとうろうろしていたけれど、床がつるつるしているわけでもなく、目の錯覚を起こしたり、平衡感覚を失うような色使いがあるわけでもない。ならばもう人為的な何かしかありえないだろうということで張り込みになったわけだ。
 三日、五日、一週間、ついに原因は訪れなかった。転んでいる人は確かに実に多かった。誰かが後ろから忍び寄って突き落とすような光景は無い。ただ、もし透明人間なるものが居たとしたら、そいつがいたずらをしたみたいに、みんなよく「第一歩目」で転ぶのだ。のぼりも、くだりも。
 手分けをして、僕だけが別の階段を張り込んだこともある。そこでは、誰も転ばなかった。やはり、三階の職員室から、四階の音楽室へ向かう、あの階段だけが特別で、転びやすいように思えた。
「一体どういうことだろうね?」
 僕は尋ねる。そして探偵気取りの彼が出した結論がこうだ。
「これは階段ではなく、エスカレーターなんだ」

***

 高校生というのは、一番自由がきく季節とも、一番自由がきかない季節とも言える。ここで言う自由とは、思い通りな過ごし方、だ。そして、そのどちらを選択するかは、ほとんど「大学受験」という謎の化け物に挑むかどうか。何になりたいとか、何がしたいとか、進学校ではあったけれど多くの人はわりと無鉄砲にその化け物に挑む事を選んで、三年間をペンを持つことで過ごす。ペンを持っている間は数式を解いたり作者の思いを文中から探さなくてはいけないから、当然、将来のことなんていう煩わしい事はほとんど考えられなくて、気がつけば三年、レベル上げに勤しんでぶっつけ本番でボス戦だ。思うにこれは、一番自由がきかない高校生活の例だった。
 もう一つは、化け物はほどほどに弱っている奴を選んで倒すことにする、という選択だ。ある程度ペンを持ってレベル上げをしていると、占い師が「あ、ここなら既にA判定じゃ」と言うことがある。そこを目指すのだ。すると不思議と時間が次々沸いてでて、ゲームセンターに通い詰めたり、バイトにあけくれたり、甲子園目指したり春高バレー目指したり高校音楽祭目指したり。先生や優等生の視線はときどき痛いものの、稀に自分だけの最強装備を見つけてぐぐっと強くなったりするから馬鹿にできない。今Jポップのランキングを騒がせているバンドグループの一人は、この高校出身だって噂だ。こっちがたぶん、自由のきいてる高校生活の例。
 僕はといえばどちらにするかさえ決めかねていた。何かしたいことがあったわけじゃない。本を読む暇さえ奪う勉強は煩わしかったし、良い大学にいって広がる選択肢の魅力的さってのが、どうもピンとこなかった。でも時間が余ると勉強だってした。言ってみれば気晴らしだ。遊びも気晴らし、勉強も気晴らし。何がしたいのかもわからないまま、ついに一つのスペシャリストの称号を手に入れることもできず、もう三年目である。
 あるとき、もう一人、授業中の半端がすぎる集中具合や、部活に入ったりやめたりして落ち着かない、まるで僕のような奴を見つけた。それが彼、青柳だ。僕たちはすぐに友達になった。ただ、ひどく残念だったのは、青柳は実に、勉強も、スポーツも、遊びも、これほどかというまでに上手にこなしたのだった。
 日課のような、彼との推理小説談義に夢中になっている最中、ふと思い出して聞いてみたことがある。
「青柳はあるのか? なんか、なりたいものとか、したいこととか」
 何でもできる彼にこそ、将来の選択なんて魅力的なほどに溢れていて、決めていないに違いないと思ったのだ。
 彼は一度、俺がか? と言う顔をしたあと。
エスカレーターを止めてやるんだ」
 確かに彼はそう言ったのだ。

***

 足がぱんぱんだった。運動部にすら入っていない僕がこんな状況に陥ったのも全て彼のせいだ。恨みたいところではあるけど、馬鹿正直にやった僕も今考えればおひとよしがすぎる。
エスカレーターっつったって、どうみても」
 僕の言葉なんて耳にすら入らないというように、彼は無視して続けた。
「いいか? 言った通り、これを階段だと思っているから転ぶんだ。これはエスカレーター。そう思い込んで、五十回昇り降りをしてごらん。終わったら、次はこれが階段だと思い込んで、同じように」
 いやさすがに五十回は、と言おうと思ったけれど奴はものすごい真剣な顔でこっちを見て、促すのだ。
「ほらはやく」
 仕方なしに、ああ、なんでこんなことに、と思いながらも僕は昇り降りを始める。
「こら、ああ、なんでこんなことに、じゃなくて、これはエスカレーターだ、って思ってやるんだってば」
 読心術という反則技を使うとは彼も抜け目が無い。
 二回。おわり。三回目……。
 エスカレーター、と信じることにも慣れてきたので、その余裕で僕は質問をする。
「そういえばさ、この間、将来はエスカレーターを止めてやる、とかなんとか言ってただろ」
「ん? ああ」
 適当に言ったことならば忘れていてもおかしくないと踏んでいたが、彼は頷く。
「あれってさ……どういうこと?」
 息があがってきて、途切れ途切れになってしまう。青柳はうーん、としばらく考えた後、
「その謎は自分で解いてみなさいな」
 とまた煮え切らない事を言った。
 自分でも素直だと思うんだけど、僕は考えた。例えば、文字通りの意味だったとしたら、例えば、ものっすごい力持ちになりたいんじゃないか。手でぐぐっと押さえつけてエスカレーターを止めてしまう怪力男、青柳。当然却下だ。彼が腕むきむきになろうとする努力の形跡は認められない。ならば、このエスカレーターというのを比喩と受け止めたほうがいいだろう。ってことは……。ふと、僕は片隅で静電気の放電くらいの小ささで閃いたが、うまく形にできない。
「それって、例えば、学校に関係ある?」
「五十回。どうだ? 転ばなかっただろ?」
「あ」
 いつの間にか終わっていたらしい。いつのまにか太ももとふくらはぎに疲労感が溜まっている。たしかに僕は一度も転ばなかった。
「ねえ、今日はこのくらいに」
「次は階段だと思い込んで五十回ね」
「……はい」
 なんで従ってんだ僕は! と思った時には遅い。僕はしぶしぶ一歩を踏み出し、そして、転んだ。
「うわあ! ああ?!」
 いつ用意したのか、階段の下には青マットが敷かれていて、尻餅の衝撃は思いのほか軽い。
「大丈夫か?」
 手を差し伸べて彼は言う。油断しただけだと思うけれど、階段の一回目、僕はあっさりと転んでしまった。まるで青柳の思い通りに。
「ほらみたことか。結果は明らかだけど、念のため、もうちょっと昇降してみるかい?」
 僕としても納得したわけではない。今度は油断をしないようにして、僕はそろそろと次の足を進めた。
「くれぐれも、これは階段だと思い込むことを忘れるなよ」
 その言葉を聴いた途端、僕はまたしても、足を外した。青いマットへと逆戻りする。呆然としている僕に、青柳は窓の外を見たまま言った。
「さっきの話だけどね。僕のしたいこと、エスカレーターを止めるという事。たぶんだけど、学校に関係があるよ」


***

 進路というもののために頑張れと先生たちは言う。けど、この学校に於いては、進路なんてものはとっくに決められている。大学に行って、教育を学ぶとしたら、そこが進路だ。けれど実際に教師になるためとか、どっかな立派な企業に付く瞬間の話なんかは、全く出てこない。それが理想的なのだとしても、この高校で教えてくれる事はシンプルに一つ、大学に入る方法だ。多くの人が進むべき当たり前の道を舗装してくれているだけ。言ってみれば、高校はエスカレーターの乗り方を覚えるための場所だった。転ばないように、上手に、当然の勉強や当然の常識でもって、何があるか知らない上の階へと移動を始めるのだ。だから、本当なら、二択ですらない。自由のきかない生活をするのが当然、ましてや進学校だから、その道以外は本来なら脱線に他ならない。
 エスカレーターを止めるんだ。
 青柳の言葉が思い出される。たとえば、彼がこの、当たり前のステップアップに、石を投げたいということを言っているんだとしたら。止めるとはどういうことだろう。政治家になってシステムを変える? 全く勉強をせずに、誰もが羨む地位を手に入れることだろうか? 届きそうで届かない答えだった。
 ただ、一つだけ言えることがある。それが、彼の何の気なしに放った言葉ではないということだ。青柳は確かにエスカレーターを止めようとしていて、それに向かって着実な努力や、準備は決して怠っていないだろうということだ。間違いの無い決意の目を見て、確信に変わる。それが何なのかはわからない。でも羨ましい事に、青柳はここに生活をともにする誰もが探してやまない到達点とか、目標とか呼ばれるものを、とっくに見つけているのだ。
 それを「残念ながら」と表してしまいたくなる寂しさと、「羨ましい事に」と言ってしまう不甲斐ない僕とは別の世界に青柳は居る。

***

「階段と思っていたものがエスカレーターだった以上」
 青柳はいくつもの疑問を強制的にスキップして、なおも続ける。
「どこかに電源スイッチがあるはずだ」
 僕も慣れたもので、今では余計に質問したりせず、乗っかる余裕まで出来ている。
「まってよ青柳。すると問題がある」
「なにがだ?」
「一つは転ぶ理由だ。最初の話だと、動いていると錯覚するせいでエスカレーターが止まっていても転んでしまうという話だった。でも、これは一見階段だ。すると、どっちなんだろう。階段に見えて、なおも動いているエスカレーターだから転ぶのか。もしくは、普段は動いているエスカレーターが、止まって階段のように見えるせいで転ぶのか。もう一つ、それは電源だね。見るに、このエスカレーターだって、どういうわけか階段そのものにしか見えないようにカモフラージュされているわけだよね。だったら動力室があったとしたって、ここじゃあ音楽室かもしれない。探せないんじゃないか」
 すると青柳はとても嬉しそうに笑うのだった。君もわかってきたじゃないか、そんな事を言いながらばんばんと肩を叩いてくる。
「考えて欲しい所だけど、答えるよ。一つ目だけど、これは問題にならない。”ここが今までと違う”、このことがみんなを転ばせているんだろう? だったら、スイッチを押して、”今の状態ではなく”するだけでいいんだから、つまりどっちでもいいんだ。そしてもう一つ、電源だけど、これは推理するしかないだろうね。どういうスイッチになっているのかもわからない。体育倉庫のボール籠を空にすることかもしれないし、音楽室の防音穴を全部埋めることかもしれない。でもそれを推理するとしたら、それこそ俺たちの出番じゃないか」
 いよいよ探偵気取りが板に付いた青柳はそう言った。電源を探す。またどこから手をつけたらいいかわからない話だ。どこから探そうか? 敢えて乗りながら僕が聞こうとすると、青柳には既にプランがあったようで、言う。
「僕は君の言うとおり、音楽室を探してみよう。君は、そうだな、屋上を探してくれ」
「屋上だって?」
「いや、待って。それはやめたほうがいいかもしれないな」
 何故か慌てたように撤回する青柳。だが、
「いいよ、行って来る」
 言うとおりにしてみよう。そう思ったのはなぜだっただろう。疲れていただけと言われればそれまでだったけど、僕は確かに、階段と思い込んだ昇降で転んだ。彼が僕とは違う目を持っているのは、また間違いの無い事に思えたのだ。

***

 僕が若すぎるのだろうか。それとも、既に老いてしまっているのだろうか。周囲の青々とした野望のどれもが肌に合わない気持ちがして居心地の悪さを感じる事など、これまでいくらでもあった。
 例えば、有名になりたい、という言葉。偉くなれ、君たちは偉くなれるレールに少なくとも乗っている、という先生の言葉。切磋琢磨しあえと言う。皆がライバルだという。もちろん、目に見える形で蹴り落とし合う必要なんてない。けれど、そうやって登りに登った先、たった一人になって勝ち得た地位というものが、今まで戦ってきた誰よりも価値のあるものなのだろうか、と考えてしまう。
 口に出した事は無い。若者特有の悩み、とだけの言葉で片付けられるのが一番こわかった。恥ずかしい思いをして相談しても、そうやってはぐらかされるのが目に見えるように感じた。
 上へ上へ。ここに居る誰もが、悩んでいないわけがない。なのに、なんでそんなに、見えもしない前を見据えていけるのか不思議でならない。
 不思議といえば、青柳だってそうだ。ここにいる上を目指す人たちとも違うように感じるけれど、彼のエスカレーターを止めるという夢だって、おそらく簡単ではないのだろう。それでも、校風、もしくは、青春時代、とでも言うのか、この年齢の過ごし方としては、逆行と行ってもいいくらいに自由で、奔放に見える。彼も悩む事があるのだろうか。僕のようではないにしても。
 こうしているあいだにも、高校生活のエスカレーターは動き続けている。僕は止めたいのではなく、単に、あるいは意地で、流れに身を任せたくないのかもしれない。
 いつまでも考え続けると、未来の僕の姿が現れる事がある。エスカレーターに乗り続ける限り、僕は勉強というやつを続けなくてはいけない。大人になったら、磨耗する自分に気づかなくてはいけない。電力を供給するために、食べなくてはいけない。食べるために、電力を供給し続けなくてはいけない。少し疲れてくる。いちはやく、何かすることを決めなくては、壊れてしまう。

***

 屋上の戸を開けると、風が音を立てて隙間から我先に校内へと入り込む。蒸していて、心地よいとは言いにくい夏の風、遠くの灰色の積乱雲はゆっくりとこちらへ向かっていた。もしかしたら、少し荒れるかもしれないな、と眺める。
 白と緑以外だけが目に入った。コンクリートと、フェンスだ。スイッチも何も、凹凸だって見当たらなかった。雨の排水用に穴があったけど、それもスイッチとは言いがたい形状だった。そこを靴で刷ってみたり覗いてみたりしても、もちろんどこかでカチッと音がしたりはしない。
「何もないか」
 呟いてフェンスに寄りかかった。今は部活もやっていないのか、校庭に人の姿は無い。それだけで、世界に誰も人がいないような錯覚すら覚える。それほど、高校は世界なのだ。ここで過ごす時間があまりにも長く、だからこそ、悩みが苦しいものになっていくのだ。
 誰も居ない校庭をもう一度見下ろす。不意に、この三年の事が次々に思い出された。本を読んで、勉強した。青柳と出あった。友達と呼べる人は居たのかわからない。友達と呼ぶ事が許されるのは、どのへんからなのか。ライバルでしかないのか。宿題をうつさせてくれる便利な奴と思われていたら、友達じゃないのか。
 エスカレーターを上りながら、これからもずっと、こんな事を続けるんだろうか。誰かはいっつも横にいて、我先に上へ行こうとして、僕はまた立ち尽くすんだろうか。利用とか、利益とか、考えることなしに、誰とも付き合えないのだろうか。進むために、犠牲になるものは、どこまで膨らんでいくんだろうか。
 考えはじめると、緑のフェンスがとても脆く見えてきた。地面は近く無い。けれど、”ものの一瞬でそこに行く事”さえ、あるいは難しくないように、思えてきてしまう。
 何がスイッチになるのかわからない、と青柳は言った。例えば、僕がこのフェンスを乗り越えて、その先へ行くことがスイッチになることだって、もしくは、あるのかもしれない。
 だったらどうなる? もしかしたら、元から、これっぽっちも関係が無いかもしれない話なのに。どうかなったとして、誰かが転ばなくなるだけだ。僕は居なくなって、誰かが転ばなくなる。それだけ。けれども――それ以上の何かなんて、望んだとしてどうなるというのだろう。上出来だ、と思うべきなのかもしれないじゃないか。
 フェンスに足をかける。フェンスの向こうに立つ必要なんてない。腕に力を込めて、ちょっと体を前に押し出せば、それだけで、四階分の落下が訪れる。それはとても簡単な事だった。
 足に力を込めて、フェンスのさらに上へ。思えば、これは「決断」だ。そんなこと、僕は今までやった事がない。
 さらに上へ。こうやって麻痺しながら進むことがいやだったはずなのに、こんなにもスムーズに。手をかける。もう少しだ。
 電子音が鳴る。命のアラームなんて機能が人間にはあったんだ、なんて考える。よくよく聞いてみたらそれは携帯電話の音だ。マナーにし忘れていたのに、気づきもしなかった。青柳だ。
「どうだ?」
 いつもどおりの声で彼は言う。
「何も無かったよ。何一つ」
 だろうな、と答える声はどこか満足げだ。
「いや、”ありもしない余計なスイッチ”でも探しちゃってるんじゃないかと心配したのさ」
「どういうことだ? 始めっから、こんな事には意味がなかったと言いたいのか?」
「そうじゃない。余計な、と言ったんだ。恐らく、スイッチらしきものをこっちで見つけた。だからそっちには無い。よかった。安心した」
 胸を撫で下ろす様子が伺えるほど、確かに安心したというような声が聞こえる。まるで何もかもお見通し、と言わんばかりだ。
「余計なスイッチを探していたかもしれない」
「かもしれないじゃない。探してたんだよ」
エスカレーターを止めるってなんなんだ?」
「じきにわかるよ」
「僕はどうすればいい?」
「音楽室に来い」
「何をする?」
「歌を歌うんだ」
「それがスイッチ?」
「そう。これがスイッチ」

***

 音楽室の穴は何もかも吸い込む。ドアはぎっちりと締められて何者も漏らさない。どれだけ大声を出しても、誰も気づかない。ただ気持ち良く声が枯れていく。
 知ってる限りの歌を歌った。ビートルズ、初めて買ったCD、流行のメロパンク、親が好きだったあの曲、カーステレオでかかりっぱなしだったあの曲。
 まだ歌うか、と僕は言う。その都度、まだだ、と青柳は言う。
 いつまでも歌が続く。青柳がピアノの前に座った。上手いもので、僕が歌うものに知りもしないだろうにそつなく伴奏を付けて来る。まだだ、もっとだ、と青柳は言う。
 そのうち青柳は、おかしな替え歌を歌い始めた。元の曲も知らないから、もしかしたらオリジナルなのかもしれない。
エスカレーターを上ったら、宇宙が近くて息苦しい。
 真横に行こうと思ったら、地球が丸くて前も後ろもわからない。
 だから階段を登るんだ。
 前へ行ってる気はするし、ゆっくりだから苦しくない。
 疲れに気づけば休めるんだ。椅子にもなるんだ階段は」
 めちゃくちゃな歌だった。ものすごく気持ち良さそうに歌ってるから、止めるに止められなかったけれど。
「初めて青柳が才能無い事を見つけたぞ。作曲だ!」
 僕は腹を抱えながら言う。少しも悪い気のしない顔で、同じく大笑いして青柳が返す。
「天才は一人十個まで。ただし、もれなく一つ。今度はよろめくなよ」
 僕を指差して。頭の中がいっぱいだった。たった今の青柳の歌を忘れたくなくて、何度もリピートしていたせいだ。

***

 あの階段で転ぶ者は、いつのまにかいなくなっていたという。別に驚きはしなかったけど、この学校にエスカレーターのような設備はないし、過去にあった事もないそうだ。
 夏も終わりに近づいて、多少、涼しくなった。それが精一杯推理した結果で、他に変わったものなんて探せなかった。ノートと睨みあっていたクラスメイトが突然顔をあげて、今度は僕を睨んで言った。
「おい! 受験終わったらめっちゃくちゃ遊びに行くぞ!」
 も、もちろんだ、とぎこちなく返す。突然だったから面食らった。クラスメイトはまたノートと向き合って、おっしゃーと言った。
 この大事な時期に、僕はまだ推理小説を読んだり、勉強をしたりしながら、ときどき作曲なんかに手を出すようになってしまった。あの歌くらいなら越えられるんじゃないかなんて、一人でにやにや笑いながら、階段の一歩目をしっかりと踏みしめて。

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ワンダフルライフ


 夏の夜、社員研修の電車代をけちって与野から上尾までを自転車で行ったはいいが、帰りが大雨、加えて疲労で漕げども漕げども車輪が全く軽快に地面を蹴らないといった有様だ。そんな紫陽花を這うような例のうずまいた殻の虫のような俺だったのだから、虫にして鴨、自転車の籠の鞄を奪って生計を立てるような輩には格好の餌だったに違いない。しっかりとこれ以上なく鮮やかに当たり前に俺はひったくりの被害にあった。
 およそ統計に従えば俺のように若くて生命力だけは溢れているゴキブリのような男は、捕まえるかどうかは別にして、地の果てまで追ってゆくのが筋道というもんだ。
 それをしなかったのはまず第一に疲労。そして第二に、今しがたの考え、そっちのほうを追ってしまったというわけだ。つまり、俺は結局虫なのか、鴨なのか、カッコウなのか餌なのかゴキブリなのか?
 しかし片隅には冷静なる部分は確実に残っていて、その高度なエネルギーはひとつ、プライドを保持する、ふたつ、プライドを捨てる、の両面に注がれたのだからややこしい。
 前者が俺に思い起こさせたのはこうだ。何もしないままなどいけない。行動を起こし、ひったくった奴に一泡を噴かせずして何が蟹か。馬鹿な。いつ蟹になったのだ。
 後者はそれを踏まえた上で卑劣な考えだった。
「泣き喚け」
 その命令が脳に下されると俺は本当にわんわん泣いた。犬のごとく。また増えてしまったが、とにかくすごく泣いた。
 ひったくりとしても、今までいきり立って追ってこられた経験はあっても泣き喚かれた事は無かったと見える。あとは逃げるだけ! といった具合にしっかり姿勢を作っていた自転車の上からすっと降り立ち、ごめんな、おじさんを許してくれ、と来たもんだ。
「お詫びになるかわからないけど、これでご飯でも食べて。悪かった。おじさん、リストラされたんでカリカリしてたんだ」
 ほうほうクルミをかい? わー俺やめろー! またリスが増えるぞ! 
「そうだよな、おじさんだけが苦しいわけじゃないんだよな」
 おや、色々言っているようだが、これはひょっとすると俺にとってマイナスではないぞ、と今更気づく。いつのまにか千円を握らされておじさんはすたこらさっさ、罪をつっつく暇もない。
 結局残された俺はおじさんの千円を取り返したバックの財布にねじ込んで、そいつで寿司を食べた。長い自転車の帰り道、栄養補給はばっちりとなる。そして気力もだ。ひったくりが踵を返して戻ってくるなんていうような日は、万事好転、怖い者無しの一日と考えてもまず不自然じゃないだろう。さてその一日だけれど。
 時刻は二十二時、奇跡の効力は二時間だけ残されている。充分だ。とは、言った、ものの。公営ギャンブルは閉まっている時間だし、さて何をするか、なんて言ってる間に道に迷った。何度も同じ場所をぐるぐるだ。
 今は西、二分後東の旅がらす、いや旅というわけではあるまいし、さて、迷う今の俺を今度は何の生物に例えるべきか。巣を忘れた蟻? 花の無い荒野の蝶か?
 見慣れた道に出る。物覚え、ことに道に関してはてんで駄目な俺が覚えているのは、この大宮から西に10分の風景が、兵庫――西宮の道路によく似ているからだ。西大宮はまるで西宮。
 さて、ここからなら帰る事も出来る。ただし、俺は例によって第一に疲労していて、第二に、今しがたの考えを追っていたってわけで、どうやらそれで解が異なった。
 高架の下の坂を全力で漕ぐ。位置エネルギーを最大限利用して、そのままの勢いで潜る。のぼる。また、景色がひらけると、そこは兵庫だった。
 不思議な事もあるもんだ。ところで時刻は二十三時、奇跡の残りが一時間。そう観光もしてられない。俺は埼玉方面にもある「似た景色」を探して再び自転車を漕ぎ出す。もう一度同じことを考えながら、もう一度高架下を潜ったら、俺は本日何度目かの貴重な体験を経て、また埼玉へ戻るだろう。へとへとだし、べとべとだ。そんな生き物すぐには思いつかない。場所と時間をスキップして得たらしい活力で、前に漕ぐ。漕ぐ。虫、鴨、カッコウにゴキブリ、それに蟹のうえ、犬だしリスだ。
 どこかで見たような高架がある。あれはどこだったか、ああ、ありゃ仙台だ。ちっ、しゃあねえなあ! 俺はダッシュをかけた。さっきは何を考えたっけ? そうだ。
 そんなん言われたって、俺人間だもんよ!

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