にょこにょこ

嘘を書いた雑巾を配るページ

文学フリマ新刊通販開始のご案内

昨年に引き続き、11/25の文学フリマ東京に参加しました。

ご来場頂いた方、気にしてくれた方、どうもありがとうございました。

 

こちらで、新刊の通信販売をはじめました。

今回は不思議なようで、そうでもないような、ちょっぴりミステリ風味の中編です。112ページ程、1時間半あればば読み終えてしまう分量ですが、当ブログの掲載とは少し雰囲気の違う感じをお楽しみ頂けるかもしれません。

ぜひお手にとって頂けたらと思います。

よろしくお願いします。

 

子供が時計を壊したら

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空言図書館

 風は穏やかとみえて、捲る頁が波で押し戻される事もなく快適だった。頭の上の海面は、そのままでは眩しすぎる光を半分跳ね返し、半分通してくれるから、調光も抜群で、こんな時はあと五冊、六冊と読んでしまいたい。ほとんど最良の環境。ほとんどと言ったのは、繰り返し話しかけてくる声があったからだ。
「ねえなんで息出来るの」
「どこから来たの」
「何読んでるの」
 人魚の少女が言う。泳ぐときに私のよく知るそれに近しい形に変わるから、人魚だと思った。足ひれをはためかせてせわしなく泳ぎ、はたと立ち止まる時だけ人と同じように二本の足になる。いつも小さな泡を纏っていて、淡く光って見えるのは白い肌のせいだろうか。
「いつからいるの」
「いつまでいるの」
 最初の質問に答えてしまったから、言葉がわかると知られてしまった。珍しかったのだろう、以降、ずっとこの調子だ。だんだんと返答も「あぁ」とか「うん」とか適当になっているにも関わらず、どうして飽きないのか問う声が絶えない。
 読み終えた本を返す。素晴らしい小説だった。既に数冊、味わったが、ここにある物語はどれもとても良い。地上で読んだどんな本よりも、真に迫って見えたし、まるで、私だけのために書かれたかのように感じた。誰が書いたのとも知れない。誰かの書庫だろうか。どこかの船のように見えるが、まるで本を積み過ぎた為に沈んだかのように、海底に棚を根付かせていた。
 私はここが夢の中だと知っている。いかに時間の圧縮された世界だとしても、起きるまで、あと幾らも無いと思われた。太陽が窓掛けと私のまぶたを破り光を運ぶまで、自身の寝息に気づき、ふと目覚めてしまうまで、この物語を味わいつくしたかった。
「へんなの」
 くるくると周囲を回りながら、あちこちから声を出すので、没頭が苦手な人間なら気が散ってしょうがないだろう。こちらとしても本の虫歴は長いので、生半可ではどうという事もないが、ゆらめく太陽をまるごと遮る形で頭上を泳がれるのには辟易した。
「すこし落ち着きなさい」
 顔を上げずに言う。水中の発声にもすっかり慣れて今ではしゃべっても空気がぶくぶくと言わなくなった。初めて自分から声をかけたので、声の主は驚いたのか一時止まり、今度は一層、調子良さそうにくるくるやりはじめた。全く言う事を聞かない、見た目の通り子供なのだろう。
「こんどはこれ読んでみて!」
 人魚の子供はひとつ、版の大きな本を持ってきた。先ほどまで読んでいたものとは明らかに毛色の違う、手書きの本だ。薄くて文字も大きい、絵本のような装丁だが絵は無かった。ぱらぱらとめくるとかわいいお姫様が貝をだっこした所、らっこと間違われたと書いてあった。それ以外は特に展開しなかったけれどさいごにめでたしとあった。めでたかった箇所はどこだろう。
「おもしろくなかった」
 数秒で読み終えて返す。
「うそ!」
 愕然とした顔で少女が動きを止める。そのままへなへなと地面に崩れおちて丸まってしまった。もしかしたら今の本は彼女が書いたものだったのかもしれない。静かになり、これはいい機会が来たと思った私は再び自分が持ってきた本に視線を落とした。
 信じられない、見る目ない、字が読めないのか、とぶつぶつ言っているがまだ先ほどまでより格段に環境は良い。しばらく捲っていると、その人を呪うような声がふと聞こえなくなっている事に気がついた。うっかり、顔をあげて姿を探すと、こちらを恨めしそうに見ている目とかち合った。
「言っておくけど、ここにある本なんて、全部うそなんだからね」
 拗ねたような口調だ。
「小説はおおかた、そういうものだろう」
「そういうことじゃない」
「ここが夢の中だという話なら、それもわかっているさ」
「そういうことじゃないってば」
 不満そうに、体を起こした少女の目は、しかしどこか真剣に何かを伝えてしているようにも見て取れる。だから、少しだけ本から、耳に意識を分けた。
「でも、“ほんとうにあったこと”を書いた小説もある」
 これまでより遙かに理知的な響きを帯びて、はっきりと少女が言う。彼方の魚影が何かをきっかけに一斉に引き返す。この水中で初めて、肌に熱を感じた。
「いましがた、全部うそと言ったじゃないか」
 それには答えず、本棚のほうへ少女がひらひらと泳ぐ。私は腰をあげてそれに続く。比較的新しいと見える背表紙が並ぶ棚の前へと誘導されたようである。足を泳ぎやすい形に変えた少女は手慣れた様子で、その中からいくつか本を取り出した。
「めでたしめでたしが、ないの」
 受け取ったどの表紙にも作者の名前は見当たらない。題名に見覚えも無い。
「みて」
 小さな両手で紙の端を抱えて、えいと頁を捲るので、水流が前髪を揺らしてくすぐったい。確かに少女の言う通り、どの本も後半から白紙が続いて未完に見えた。とはいえ、ぶつ切りで終わっている感もないので、どちらかというと、あえて読み手が結末に自由な裁量を持たせているように思える。となれば、彼女の不満は大団円ではない事だろうか。
「おねがい、続きを書いて」
 子供の人魚はいつの間にか耳元で手を合わせている。
「ここは空言図書館。ほんとうである必要なんてどこにもないの」

***

 人魚の読書文化は、私からすれば受け入れがたいものだった。頁は見たいところから自由に見る。途中からだろうが、結末からだろうが、人魚は誰も気にしない。ただし、必ず誰かが幸せになるところまで読むのが決まりだという。作者が丹精込めて並べた文字の順番を尊重するのが云々、積み重ねた出来事があってようやく最後が云々、と言う私の言葉には皆そろって首をかしげるくせに、あの本の誰彼が幸せになった所、よかったね、と言い合っては、皆一様に頷きわいわいとやる。大事なのはどこかに待ち構えている幸福というわけだ。
 それは海底の時間の流れにも起因しているようだ。この空言図書館の周囲は海流だけでなく時間の流れもぶつかり合っていて、必ずしも時計は右に回らないとの事だった。いや、それどころか連続しない事もあるらしく、畢竟、本も同様、表紙から裏表紙まで時系列に並んでいるとは考えなくなったようである。
「何冊もあるの」
「以前は無かったのよ」
「本当に困っているの」
 しぶしぶ、人魚の読書規則に従って適当な場所から頁を捲る。こちらの反応を期待して輝く小さな目たちを前に、やや不本意ながら、確かに、普段とは違う頭の使い方をしているよう感ぜられ、発見する所もあった。
 飛ぶ船の落ちる話、獅子と鼠の話、道の線の話、人の少ない知らない島の話。おそらく、このあたりが、人魚好みの結末になっていない物語だろう。いくつか見受けられたが、私自身には座りよく幕を引いているように見えた。何度目かもわからないが、もう一度だけ説得を試みる。
「物語は、何もかも幸せに終わるわけじゃない。こういう綴り方も、余韻があって味わいがあるものだ。それに、書いた人というのは、自分が一番良いと思ったところで筆を置くものさ。作文の苦手な私が足したんじゃあ、誰一人喜ぶ結果になどなるものか」
「それでもよ! お願いね!」
 どうしても納得して貰えないのだった。
 
***

 いくつか、わかった事もある。ここの子供たち――子供だと思うのだが、彼女たちは本当に一日中、本を読んでいるのだ。内容に満足すると大声で伝え回るので、取り合いになる事もある。皆の好みに違いこそあれ、やはり聞いた通り幸福な結末がお気に入りのようで、人気の本は順番を待つ者がずらりと並んでいた。
 しかし、このようにして取り回していると、そのうち読まれない本が出来てくる。読まれないうちはまだ良いのだが――続きを書いてと言っているのはこの類いだ。
「続きねぇ」
 本の余白を眺めながらペンをコツコツとやっても当然文字は出てこない。生まれてこの方読む専門で、書いた事などないのだから当然だ。
 夢で間違いないと思うが覚める気配が無いので、半ばやぶれかぶれで請け負ってしまったのが不味かった。というのも、彼女たちは決して気まぐれで頼んだわけでは無かったのである。
「お、終われない・・・・・・」
 ちょうど、一人がわかりやすい台詞と仕草でへなへなと倒れ込んだ。彼女の手元にある本がその原因だろう。表紙が心なしか黒ずんで見える。そのままぴくぴくとしたまま起き上がらない一人を、どこからか現れた四人ほどが運んでいく。口元がまだ動いていて、終われない、と繰り返しているように見えた。
「急いでね! 病棟はもう満杯なんだから」
 言いながら一人の子が、せっかく置いたペンを無理矢理に持たせてくる。私は頭を抱えるしかない。
 この海底においては、読者は物語に順路を持たない。だから、続きを書く、とは言っても、望ましい内容であれば、どこに書き加えても良いはずだ。つまり、表紙から裏表紙まで、どこかに救いがあればいいのだ。
 けれど、どこにも救いが見つからない本を読んでしまった時、人魚はその本を読み終える機会を失ってしまう。読み続けて、疲れ果て、先ほどの一人のように倒れ込んでしまう者が後を絶たないという。
 病棟は満員だった。ベッドも最初は珊瑚と化石で丁寧に作っていたが、いまでは重い砂を集めて数を揃えているらしい。このままでは看病する者より寝込む者が多くなるのは時間の問題に見える。
 それでも、本を読む事を止める事は出来ないのだった。読者は生まれ続けるのだった。もしかしたら、誰かには合わなくても、自分だけにはしっくり来る一冊かもしれない――。注意を促してもそれは決して止まらなかった。だから、彼女たちは、書物を変えるしかないと結論付けたのだ。
 私の周りには丸まった紙がいくつも波風に舞っていた。実を言うと、既に何度となく書いては消し、破りしている。少しずつ、納得のいくものに近づいている気がするし、遠のいている気もする。およそ、作品ができあがる感触というものを知らないから、自分のしている事の正誤もわからない。せめて、自分は面白く読めるよう気を遣うと、今度は読んでばかりで字が進まない。これほど一生懸命ひねりだした一文が読めば刹那に終わるという事が急に不平等に思えてくる。
 最初はいいからそろそろ覚めてくれと思っていたが、今はもう書き上がるまでこの夢に居たいと願っている事に気がついた。
『その渦は楽園を守り、隔絶した。知られざる底には、小さな住人たちが水面の果てを見上げては、永遠に訪れない、訪れる事の出来ない空を想っていた。空想は、すべて渦が吸い上げて消えたと思っていたけれど、ある時、船が落ちてきた。境界の遙か上から、流れに逆らい、空から言葉を運んできた。虚構に人魚が夢を見た――』
 駄目だ駄目だ、気取りすぎている。それに、長いだけだ。分かりやすくない言葉の魅力に、逆らわなくてはいけない。読者は完全に想定できていて、おそらく子供なのだから。取材はしなくとも、耳元で騒ぐたくさんの声がある。面白かった本や、生まれてからのこと、昨日と予定と明日あったこと。何でも教えてくれる。私の知らない事を分担して持っているかのように、何でも知っている子たちだ。それが、小説のように私の心を躍らせる。
 いつの間にか私の周りには人魚が集まっていた。間違った、とつぶやくと担いだ消し草で紙をこすってくれる。肩になんども体当たりして、こりをほぐしてくれる子もいる。泡玉に入った塩加減のちょうど良い澄んだ茶を持ってきて、飲みやすいように管まで用意してくれる。いくらかくすぐったい思いもあるし、次の一文をじいっと見られるのは緊張もしたけれど、彼女たちは素直に感嘆したり、喜んだりするので、俄然、筆も乗ってきた。
 書いた本を横に積み上げていくと、係りの数人が、病棟の患者へ回し読みさせた。読み終えて快復した人魚たちは、また私をもてなす側に回るものだから、周囲の少女はどんどん増えた。相当書いたと思うが、これもとお願いされた本はまだ山になってある。やり甲斐があるというものだし、少しずつやっていこう、そう思った矢先だった。
 一番鶏の声が海底にこだました。滑稽で結構と聞こえた。何を言うか、と顔をあげ焦る。朝が来る。
 信じたくないが、やはりこれは夢だったのだ。私は目が覚め、誰かになり、違う世界を過ごす。しかし、病棟の子たちどうだ。私が覚めて、起き上がれるのだろうか。物語を書き終えられない物語が一冊、この図書館に生まれるのかもしれない。それを読んで、また伏す者が現れるのかもしれない。
「もういなくなっちゃう?」
「本、もう書けない?」
 あちこちで目を見合わせている。心配そうな顔をしている。不安にならなくても良い。きっと書き上げてみせる。しかし、時間はあまりにも少ないようだ。悩んだが、決めた。私は人魚たちに、まだ書き終えていないものを開いて綺麗に並べるように指示した。皆で綺麗に水流を作りながら、瞬く間に本が整列していく。そこに急いで書き込んでいく。
「君たちに、言っておきたい事がある」
 人魚たちが全体、息を合わせたかのようにぴたりと止まった。
「本が終われないと言ったね。でもそれっていうのは、本当は良い事なのだ。本を読んだ後は、体が温かくなって、水や風なんて無くても浮いているような気持ちになるだろう。それは、本が終わったからではなく、本を閉じた後も、本がずっと自分の中で続いているからなのだ。だから、終われない事を恐れないで欲しい。今は空白で見えないが、そこには必ず無限の続きがあり、本を閉じようが、目を閉じようが、いつまでも続いていく」
 静かに聞いてくれる。お別れが近いともうわかっているのだ。海面から届く光が白さを増していく。
「確かに、悲しい物語は多い。私にはそれも本だと納得出来るけれど、君たちにとって得意じゃない結末もあるだろう。けれど自身の中で終わっていない物語なら、どんな大逆転でもいいから、余白に希望を持てばいいんだ。生きている本を、生きている者が楽しく読む方法がそれだ」
 体の端々から気泡が沸き立つ。消える前に、あと数冊に。
「いいかい。ここにある、全ての本に魔法をかけた。なんでもいい。どんどん読みなさい。物語が悲しくても、塞ぎ込む必要なんてどこにもない。本を閉じて、終われないと感じても、次を読みなさい。嘘でも本当でも、体験しなさい」
 最後の一冊を書き終えると、私は消えた。
「空言図書館でまた会おう」
 私があった場所で、ペンがゆっくりと回っている。光の筋が、立ち上る泡を、名残を少しずつ失わせてながら水に混じっては白んでいく。自らのあるべき棚へ戻ろうと、本が泳ぎ出す。海を吹く風がページを捲ると、決まってどの本の最後にも、急いだせいで歪んだ文字で「つづく」と大きく書いてある。

嘘と青のノア

 ノアの箱船はちょっとだけ遅かった。雲が地に落ち、溢れた水が緑と灰色を等しく流し埋め尽くす中、光の手がすくい上げたのは、種族も分類も適当、特に人間はひどくて、一切を信じない占い師、寝食忘れがちなダンサー、部屋から一度も出たことがない翻訳者、三つ子の赤ん坊、狼に育てられた少女、などなど全員が完全な世間知らずで、世の中を知っているふうな生き物は僕だけだった。問題は、僕もまた、極めて嘘つきな爺さんに育てられ、口伝でしか外を知らないという事だ。
 占い師は遠い未来、人類は再び反映するさまを見た。文明は断絶だ。伝えられる技術は多くない。だが、歴史はかろうじて伝える事ができそうだとわかった。むしろ、伝える事が、箱船に生き残った者の役割であるはずだ。そして他の人間がすべて世界について無知である以上、「歴史家」として船に乗った自分こそが、その役割を担わなくてはいけない。注意深く、真実のみを書き記さなくてはいけない。知りもしない先の事を語る嘘の歴史家は「ノストラ騙す」と呼びひどく糾弾されたものだ、と爺さんがよく話していた。
 まずは明らかにしようと誰かが言った。なぜ滅びたか。ホロビチッチ不連続面のためだと僕は答える。船の舵を取っているのは誰か。鍛冶屋だろう、と僕は答える。いつ、戻れるのか。イッツショータイム、つまり、小時間で戻れるだろうと僕は答える。祖父に叩き込まれた知識をフルに動員する。誰も反応出来ないようだった。知らない事は、恥ではない。無知の知、つまりムチウチの身内こそ恥だという風潮こそ、恥ずべきなのだ。
 お互いの干渉はそれきりで、あとは各々が事実を受け止めたり、現実から逃げたりする事にたっぷりと時間を使っていたように思える。進展と言うべき事もなにもない。僕はそれを書き記す。記す事をする。つまりシースルーである。
 長い沈黙を破ったのは誰かのお腹が鳴った時だ。大音腹鳴。おおおとのはらなりという戦国時代の名将を思い出す。もちろん会ったことは無い。祖父はあるらしかった。当時の飛行機は地球の自転と逆向きに飛ぶ事が許されており、みんな自由に過去に行けたという。
 話が逸れたが、大音腹鳴にして静寂破れる、だ。
 きっかけ、全員が気づいてしまった。飯はどうするんだ。
 メシヤを探せ! 高い場所へ船を漕ぐ。漕げば操れると発見したのは大きい。みんなで樽をばらして、たわんだ木の板で空をかく。水が無くても浮かべるからこの船は優れている。水が届いていない場所が狙い目だ。船頭多くして船山に登る。そこにはまだ、腐っていない食べ物の貯蔵庫があるかもしれない。クサランプールが、あるかもしれない。
 果たして食べ物のありそうな看板が見えた。「やすまず営業中」とある。「やすくてマズいけど、でも頑張って営業中」の略だと皆に説明する。一同は得心した様子であった。マズくても今は食べられれば良いから、構わず船をつけた。
 ダンサーとはそこで別れた。ここでは蛇口を捻ればいくらでも水が出たのだ。もともと「おひねり」で暮らしていたと言っていたから、ちょうど良かったのだろう。船に戻りたくなったらどうする? 水位が上がったらどうする? 心配していたのは狼に育てられた少女たちだ。あらまあ、こりゃまあ、と昔から心配性だったとみえ、確かに、アマラとカマラと名付けられていた。
 蛇口があるのだから、別れに涙は蛇足だと、伝える。さよならは堂々と、王のように。それが船で行く者、バイキングのさだめだ。 
 その後も、占い師は売る物を得て漆になったり、三つ子が百の魂にまで昇華するなどあったが、ここでは割愛する。離ればなれになっても、絆は、愛は決して消えない。割愛はきっとそういう意味だ。
 そして、旅は、書を記す僕と、それを訳す彼女だけのものになった。
 もはや漕ぎ手は四つだけだ。僕たちの四つの手だけだ。だから、たわんだ樽の切れ端はもう握らなかった。波が無くても、在っても、越えてゆける。時折頬を伝ったとしても、それも波だ。
 ダンサーを思い出す。そうしながら僕らは好きに踊る。ゆっくりする。舞ったりする。
 狼の少女を思い出す。占い師の事も。二人は仲が良かった。ウルフりをして占い。月に吠えると未来が見える気がした。
 赤ん坊を思い出す。バーブーと愛らしい声はよく響いた。何度も響いた。その残響が今も耳にある。リバーブだ。魂は百になっても染みて残り響き続ける。
 シースルー中の僕に、ヤクスルー中の彼女が寄り添う。記す書は厚みを帯びて、増え続けて、僕らの手にはいよいよ重くなっていく。船はいつか図書館のようになった。沈む時はブックブックと言うだろう。いくつか、書いていない歴史もある。二人だけの歴史は、秘すと利だから、明かさない。
 遠く遠く先に、本があることを願った。それも、うんと、たくさんあることを。きっと嘘ばかり書かれている。知らないを、初めてを、なんとか生きたからだ。けれど、あなたにとってだけは、本当のように思えたら良い。たとえ沈んでも、この空のように、言葉が、意図せず、青ければ良い。
 船は向かっている。どこかへ、ゆっくりと。だが確実に。青が覆った、かつて楽園だった場所を揺蕩っている。
 

できそこないのオーロラ

 オーロラ職人が眠るのは昼の間で、夕方には暖を取る方法をなるべくたくさん用意して、楽器を担いで空へのぼってく。足をばたばたさせないで高くたどり着くには目が必要だ。足のつく空とすっぽぬける空があり、慎重に見分けて、けれど鼻歌は堪えて高度を上げる。海の底から音を持ち帰る時と同じで、急いではいけない。あんまり焦っては、破裂してしまうから、確実にだ。稀に深紅のオーロラが出来て有り難がられる事があるけれど、あれは失敗作だ。音不足、速度超過、瞬きを覆うには頼りなく、透けた星の筋は鈍く、よその銀河が見たらくすくす笑うに決まっている。そういう夜空に不似合いなやつを何度も作っていると、職人の立場というのも危うくなるものだ。
 とある地域で白夜があけた。目をつけたのはナザミという新米の職人だった。その年は、慌ててのぼろうとした足場を踏み外して、尻餅をついて、ついでに身につけたあらゆる音の出るものから不格好を鳴らした。幸い、星しか見ていなかったと思われ、後でほっと胸をなで下ろしたのだけれど、なんとか拵えたカーテンの評判がどうも良くなかった。色の段組みが粗く、湖面への映り込みもぼやけている。棒で叩いても冴えた音色を出すでもない、と散々で、唯一褒められたのは飲んでも腹を痛めそうにない、というやつだけだった。
 今年こそはと万端に構えた日は具合がよくなかった。太陽が風邪を引いたと言う噂で、空気にこんなにも迷いがあっては振るうタクトもしなるだろう。運ぶ楽器も選ばなくてはいけないだろう。熟練の者なら、待つか、あるいは全く別の――例えば氷の粒で空を煌めかせるなどして、やはり美しく寒空を彩るはずだ。けれど、ナザミに出来る事はそれでも作ろうと空へ向かう事だけだった。今を諦めても、後があるとは考えなかった。生まれて一度も、同じ空を見たことが無かったからだ。
 階段をのぼりはじめると、やはり笑う声はあった。わかっていないと、無謀だと、耳に届く。ナザミはそれらの言葉を真剣に耳に入れたうえで、やはり歩き続けた。何も、無茶でやろうというのではないし、何より、うまくカーテンが組み上がらなかったとして、その時、痛かったり、残念なのは、自分であるはずだ。正しい事と、足を止める理由と、関係が見つけられなかった。動く理由はいつもわからない。止める理由はいつも、止めようとする者が消してくれる。
 準備は出来た。心音を覆うように、懐かしい歌や、くすぐられるような記憶を貼り付けて、温かく保つ。まぶたの裏をしっかりと見る。次に空気が目に触れると同時に、足のつく空と、すっぽぬける空が、居場所を教えてくれるはずだ。急がない。目をあける。
 足を踏み出す。大きく夜気を吸い込むと、目尻に少しだけ水を感じた。その水が遙か遙か上から吹く、二億年前の瞬きのように微かな風を伝えてくれると、自分の体が霧や何かと同じように外と紛れながら、一音、鳴った。持っていた楽器の、どれを鳴らしただろうか。また、鳴らしたのは誰だっただろうか。叩いて、かいて、吹いた音が、星々の手が一斉にそうしたように、たちまち連なって響き出す。どの音もその音も。一瞬で吸い込んでいく黒があるけれど、負けずに作り出される粒となって、次々と、けれど確実に。透明から、うっすらと青を湛えて、緑をくみ上げ、色づいていく。たわませて巡る。見えないから見えるへの境目で、月がようこそと言った。水が真似をして逆さまに映す。空の果てと湖の底を覆う。瞬きを透かして、銀の城が眠っている。それはそれは見事なオーロラだった。
 後に、達人と呼ばれた職人の作品には、できそこないがいくつも在った。巧妙な大気で隠したわけでもない。それでも、地上の者はそれを見なかった。けれど、ナザミは寂しくは思わずに済んでいる。瞬きはいつだって過去だ。あの不格好な光を、遠い星、よその銀河が、くすくす笑ってくれるだろう。

緊急時のてびき

 空気が薄くなると体が透けるのだっけ? 落ちる飛行機の中でようやく冷静に死を受け入れつつあったのに、自分の手のひらごしに機内パンフレットの「緊急時のてびき」という字が見えるのだからぎょっとする。
 そんなわけないじゃんと笑う妻も点滅していた。当たり前だけれど金属探知機にひっかかった靴も、息で吹き入れて膨らんだベストも服も透けていないし点滅していない。自分の肌と、妻の肌だけがちょっと妙な具合に、存在があやふやになっている。そういうきみも点滅してるぞと教えてやった。ほんとだ。物販カートが放り出され取り放題になっている菓子類を頬張りながら妻が言うが、足をばたばたして一瞥しただけだった。

 幽霊だったら透けているという話を聞く。だからこうなるのは普通、死につつある時分じゃなく死んだ後だろう。普通とは何だ。頭をひねると、骨の鳴る音がした。骨。そういえば血液や内臓や骨も透明になっているという事か。血が噴き出しても絵にならないとすればゾンビ映画にはもう出られない。
 あと五分もすれば飛行機は海でなく大陸に影を落とす事になる。その影が膨らんで地面とくっつく前に自分たちが脱出するのはもう不可能に思えた。親切な事に、進路は変えられないうえ、海へつっこむ事も難しいという機長の声は客席に繰り返し届いていた。今なお壊れた操縦桿やら何やらをいじくり回し生還の道を模索しているのだろうが、誰一人笑顔を見せないキャビンアテンダントの様子からそれが徒労に終始している事は見て取れた。
「往復切符を買って良かったでしょ」
 なぜか得意げに妻が言う。生きているうちに海外旅行に行ってみたい、と言い出したのは彼女だった。曇天の空港で、私は生粋の雨女だが雲の上ならば決して降られる事はない、どうだ格言めいた事を言ったぞ、と胸を張っていたのを思い出す。言ったのもつかの間、これから生涯を終えて雲の上の住人になろうとはさすがに予想していなかった。

 今更かも知れないが人生はこれからだ。結婚して、仕事も悪くない方向を維持出来ている。子供も授かるかもしれないし、親孝行や家族サービスの計画は五万とあるのに、矢先に飛行機が落ちて、しかも透明になるなんて。
 犯人はもう死んでいる。ハイジャックは、血圧に不安がある人間が高い標高でやっていい事ではなかったのだ。暴れ周り、脅し回し、コクピットの重要そうな何らかの装置を破壊しつくしたた挙げ句、発作で息を止めた。
 制服を着た背の高いお姉さんが遠慮がちに言った。
「いちおう、お医者様はいらっしゃいますか」
 飛行機が落ちるとわかったのはその後だ。透明になったのは更にその後という事になる。機内が騒がしかったので明確な境界は思い出せない。犯人の持っていた拳銃は自殺を求める人の手に順に渡り、必ず当たるロシアンルーレットとして五人を殺して床に捨てられた。その後は泣く声とお経と祈る声とが絶えず聞こえてくるが比較的落ち着いた。一人、搭乗用のハッチをスマホで延々と叩いている者がいて、そのリズムが、早くなる自分の心音を確かめるよい指標になった。
 どうやら自分は、やはり死ぬのは怖いようだ。恐怖は、自身に起こる多少の不思議では拭えないもので、透明や、点滅はそれを何者かが教える為に、いや、自分自身が確かめるために起こる儀式なのだと言う気さえした。より薄くなった自分の体と、より間隔の長い点滅になった妻の体は、しかしまだ触れあう事ができた。手を握ると握り返す力がある。なに、とこちらに顔を向けたのは消えたタイミングだったのだろう。再度点灯した時まだ妻は怪訝な顔をして、そして目を凝らすよう眉を動かす。表情から自分が、だいぶ見えにくくなっているのだなとわかる。
 響く音は一切が一定。着々と大きくなる風とエンジンの音が、泣き声を消し、話し声を消し、間に壁をこしらえるように人を分断していく。
 来世を信じているか、それとも夢と信じているのか、と聞いた。同じように死に瀕した時に、今と同じように、手を握りながら。いや、それさえも気のせいで、初めてする問いかもしれない。
「ただ信じているのよ」
 往復切符を買って良かったでしょ、と彼女は言った。行き先が天国なら尚更だ。
 誰かが歌い出す。巨大な空との摩擦に対抗するように。窓の外が赤く映る。白へ変わり、光を増していく。やがて雲を追い越しはじめると、体が少し浮いた。手を握る相手はもう見えない。消灯だろうか。次に点灯する時を待つ時間はあるだろうか。
 指輪が宙に浮いている。お互いの薬指だ。天使の頭についているものに似ていた。

フクロウおじさんの本当の姿

 羽角公園のすぐ近く、ツツジの中から顔を出したような背の低い街灯の続く先、元気橋の根本にはフクロウおじさんが住んでいて、夜中に子供を攫っては、シチューの具にしているそうだ。
 誰が言い出したか、この地区の小学生には有名な話だった。僕はその「からくり」がなんとなく、わかっているつもりでいたのだ。つまり、フクロウおじさんなんていない、作り物だってことを。ただその時、話して賛同してくれる者なんて、誰一人いなかった。
 森南小学校はY県市内にあり、県内ではどちらかと言うと都会と呼ばれる地域にある学校だ。とはいえ「県内では」という所がミソで、全国でも田舎として名高いここいらで少しくらい栄えているなんていっても、たかが知れている。山を背中に、川の音を聞きながら授業をする点は、県内のどの学校とも同じだろう。
 もちろん、「みんながみんな噂好き」なことだって一緒だ。子供も、母親たちも、噂の仕入れを忘れた事は一度もない。公園で集まる時は決まって、新鮮な噂を交換しては眉をひそめ合っていた。
 僕はどちらかというと、その噂ってやつに興味のない人間のひとりだ。それどころか、ばかみたいだ、とさえ思っていた。だって友達の友達の兄さんが大学受験に落ちたとか、誰彼のママのママがテレビに出たとか、それがどうして「人生の役にたつ」っていうんだ。
 担任のヨオコ先生だっていつも言っている。
「どうせやるなら、人の役に立つことをしなさい」
 暇だと思われて舐められることには慣れているけれど、僕たち小学生はいつだって今と未来に「人生の役に立つ」を求められている。習い事だってそのためで、噂話にうつつを抜かしている暇なんてちっともありはしないのだ。だから、例え誰かが輪をつくって楽しそうに話していたとしても、僕はすすんでそこに入っていったりしなかった。そして、だからこそ、膨れ上がる前の、根っこにある「かんたんな真実」が見えていると信じていた。
 学区の西端に住む子供たちが森南小へと向かうならば、龍山川をどうしても渡らなくてはいけない。この近辺で向こう岸に行くためには、たったひとつの元気橋と呼ばれる橋を渡る必要があった。つまり、西側の学区に住むほとんどの子供はこの橋を、毎日行き来する。まず第一にこの橋のすぐ側にフクロウおじさんの家はあった。
 どういう理屈か知らないけれど、駅前の街灯と違って、この橋にある街灯は夜の八時になると明かりが「消える」のだった。光のセンサーではなく、タイマーで動作させていた所、内部時計がズレてしまったと、お父さんが持論を展開するのを聞いた事がある。お父さんは学校での話をほとんど聞いてくれないくせに、こういうどうでもいい事はよく話してくる。
 子供にとって、八時を過ぎた、真っ暗な橋を渡るのは恐怖だ。親だってそんな危険な場所を渡らせたくは無いはず。結果、子供が、遅くまで遊ばないよう、間違っても八時過ぎに橋を渡る事などないよう、注意を促すつもりで、「大人たちが」フクロウおじさんという架空の怖い人をでっちあげたのだ。子供にそんな事を話せば、途端に広まる事は決まり切っていた。
 フクロウがどこから来たか? それは本当に簡単な理由で、フクロウおじさんの家の前には表札のかわりに、木で掘られたフクロウのレリーフが飾られているからだ。丸い目が片方だけくり抜かれ、体は後ろ向きで首をぐるりと回してこっちを見ている具合で、確かに異様な感じがする。眉なのか輪郭なのか、顔はハート型で、そのせいで目の穴も見ようによっては心臓を穿っているようだった。
 実物のフクロウおじさんを見た人は、誰もいない。けれども聞くところによると、この元気橋が真っ暗な時間に誘拐事件が起きたのだという。犯人は未だに捕まっていなくて、子供も見つかっていない。犯行が行われた日の情報は何も無かったが、普段ひとけの無いフクロウおじさんの家から、それはそれは美味しそうなシチューの匂いがしたそうだ。
 ある時、梅雨明けすぐの頃だ。
 先生たちの会議があるため一斉下校が約束された落ち着かない日の朝礼で、校長が言った。
「今日は早く学校が終わりますが、決して寄り道などしないように。悪い事をすると、フクロウおじさんが出ますよ」
 瞬間の静けさのあと、体育館がざわめく。誰もがハッとして、蒸した空気と蝉の声に改めて気づいたに違いなかった。ヨオコ先生が騒がしくなった声をなだめようとするけれど、クラスに彼女の言う事を聞く生徒は少ない。
 それは僕たちにとって驚きの事実だったのだ。先生たちの中でも一番偉い校長が言ったということ。何か「公式」に発表された心持ちがして、クラスの皆が持つフクロウおじさん像が、みるみるうちに形を成した。
 それだけなら良かったのだけれど、まったく、子供の好奇心を甘く見たとしかいいようがない。クラスの男子の一部が、フクロウおじさんの家に真実を確かめに、そしてあわよくば退治しようと言い出したのだ。もともと家に早く帰れると気持ちが浮ついていたところに、とどめのようにあの校長の言葉だ。普段なら止めておこうよ、と言い出す者もなんとなく気になってしまったのかもしれない、帰りの会でくれぐれも、と言った先生の言葉を無視し、その計画は当日のうちに実行されることになった。
 興味がなかった、と言ったら嘘だ。ただ、僕はフクロウおじさんそのものが作られた架空の存在だと信じて疑っていなかった。そしてちょっとだけ、怖かったというのもある。たまたま参加しなかった僕だけが生き延びた。シチューになったのかは知らない。でも、その日を境に僕のクラスメイトから半分の男子が居なくなった。涙が止まらなかったのは生まれて初めてだった。
 テレビで取り上げない日がなくなって、「こと」が大きくなりすぎたのかもしれない。危険だった薄暗い橋の街灯は修理され、いつも警察や町内会の当番、先生方が交代で見守るようになり、そして何より、フクロウのレリーフのあの家の住人がインタビューされる様子がニュースで流れるのを見ると、世間とは真逆に、僕たちの興味は急速に薄れていった。
 頭の中では完璧だったとびきり格好良い合体ロボが、いざ絵に描いたり粘土で作ったりしてみると全然強そうにできないことがある。それと同じで、フクロウおじさんは皆の頭の中に居た時だけ完璧だったのだろう。その時点で犯人はまだ捕まっていなかったけれど、想像が明るみに出て、実体をなして、もともと居なかった理想のフクロウおじさんが死んだのだ。
 事件は少しだけ続いたのちに、完全に解決した。行方不明の子供たちは、フクロウのレリーフのように心臓を突かれて皆死んでいた。見回りを掻い潜っての誘拐は考えにくいとして、内部の犯行を疑った警察が最終的には突き止めた形だ。
 僕はとうとう、お礼を言い損ねてしまった。何せ、クラスの男子が勇ましいほうから順に半分死んだのだ。いじめられなくなっただけではなく、静かで、授業も集中出来て、いいことづくめだ。泣くほど嬉しかった事は間違いない。
 夏の終わりに、担任の先生が替わった。その人から、二度と何かを教わる機会が無いと思うと寂しい。ヨオコ先生がホームルームで仰った言葉は忘れない。
 ――どうせやるなら、人の役に立つことをしなさい。
 今、僕はフクロウおじさんの存在を信じている。
 彼女は刑務所にいて、居もしない理想の教え子に、元気で授業をやっている。

止まる心臓の話

 心臓がもうすぐ止まる事がわかって目が覚めた。
 痛みではなかったと思う。体の中央から指先にかけて、不穏な脈打ちが始まった。夏だったはずだが、目の周りが妙に冷えていて肌寒い。いつまでも黒いので、目を開けていると気がつくのに時間を要す。暗闇に慣れるより早く、赤く明るい丸が視界に現れた。一度目を閉じて、その丸が消えるのを待つ。
 確信する。間もなく自分は死ぬ。動悸が一定でなく感じる。血が巡り方を忘れ好き勝手に衝突しているようだ。知識ではなく本能的な部分で感じる。今の状態が長引くなら呼吸は続けられないだろう。
 音は聞こえているだろうか。ごうごうと耳奥に震えがあるように思う。冷蔵庫の中にいるように、噴き出した汗が急速に冷えていく。虫の声がようやく聞こえ始めた。吸う動作と、吐く動作を確かめ、手足のわずかな痺れを感じながらも、握った布団が音を立てないように押しのける。
 小さな寝息のとても安らかなのを妨げないように静かに身を起こす。もうひとつの呼吸の先を見つめて、考えた。答えが出たとは思わない。けれど、暗闇のまま寝室を出た。
 残された時間は、もうわずかだろうと思われた。もう二度と、私が太陽を見る事は無いだろう。
 遺書くらいは書けるはずだ。パソコンの中に蓄えた私の生きた証というべきものを整理することも出来るだろう。残される事になる、妻への手紙も書く必要がある。愛の話と、しなくてはいけない言い訳や、しておきたい言い訳は多くあった。
 遺言はすぐに書き終えられそうだった。子も、両親も居ない。私が遺したい相手は妻しかいない。まずは文書として効力を持つよう雛形を調べ、書く。調べながら、十秒程度寝てしまったように意識が途切れる事があった。その度にまた目が覚めた事に安堵しながら、どうにかこしらえた。ビニール袋から水が漏れるような音が胸の間から聞こえてくる。気の所為なのかもわからない。耳自体が脈打って煩いからだ。視界を幾度も横切る虫は、全て自分の幻覚だろう。
 次にパソコンを開き「書斎」と名付けたフォルダを開いた。気取った名前だと思うが、これだけが自分に残った矜持だった。様々なソフトと、書き上げたもの、書き上げられなかったもの、物語が数百並んでいる。
 書き上げられなかったものは消去した。例えば自分が死んだ後、そんなものが残っていたとして価値を感じないと思った。価値を感じる自分が居ない時の事を心配するのも妙な感覚だ。
 書き上げたものの中で、未発表のものは、散々悩んだ挙句、三編残して消去した。消す、そのキーをひとつ押すだけだったが、ひどく疲れた。死は近づいたかもしれない。ただ、必要な労力だったと思う。しばらく深呼吸をして落ち着こうとする。結局落ち着くまでの時間が惜しくなり、動悸は放って置いて手を動かした。
 物心がついてから、何千万回とキーボードを叩いて作った文字の並びの大半を、瓦解させた。その名残はもうなく、取り戻すこともできない。紙で残したものはひとつもない。今日まで、私が生み出したといえる、唯一のものたちだった。何も、消さなくても、と自分の一面が問いかける。ただ、死に瀕してより頑固になった自我が、きっぱりとそれを跳ね除けた。
 彼は言う。より胸を張るため、より多くに別れを言わなくてはいけなかったのだと。
 いつもと変わらないはずの本棚も今はよく背表紙の文字まで目に入ってくる。時計の文字盤のかすれたような汚れや、二回に一回秒針の音が違う事も初めて気がついた。集中は一層困難になっていくのに、目に入ったり、耳に入ったりする情報はやけに多く感じる。命が失われつつあるいま、ある限りの経験をしようと体が勝手にもがいているみたいだった。
 ペンと紙を取り出す。足音を消して寝室に戻る。妻が起きる事は望まなかった。あまりにも自分勝手で、我儘は話だ。それを、上手に伝えられるだろうか。
 手紙の書き出しは悩まなかった。二人で決めた、死後会うための合言葉で前置きをした。
 他には。順番もなにもない、思いつくものを先に。時間がいつまであるかわからない。
 こんなタイミングでさよならを言う事になって残念だという事。
 向こう、50年は一緒にいるつもりだった事。
 その頃には若返りの薬も出来ていて、君が飽きるまで、そんな風にいっては悪いか。でも、いつまでも、百年、千年愛すのだと思った。
 死んだ後のことを君に伝える手段は、おそらくまだ無いのだろうね。
 私が死んだ事で、悲しんでくれる事と思う。また、悲しませてしまったか。
 たくさんの人を頼って欲しい。それと、誰かもし優くて気の合う人がいたら、その人にも、頼って。
 私は最初にほんの少しだけ嫉妬して、その後、たくさん安堵すると思う。
 そのためにはここで長々と何か言うよりも、さわやかに去ればいいんだけど、そうすると、怒るでしょう。
 いつも私は君を気遣うふりして、自分の気の弱さを押しつけていたから、もっとこうしたかった、という瞬間ばかり思い出しています。
 今になって尚、本当に勝手でごめん。
 私は今、私のことを君が思い出してくれる事を想像して幸せを感じ、私のことを忘れて幸せになった君を想像して安らかになっている。
 きっとこれから君の心をかき乱す死人になる事が、本当につらいけれど、どうかしっかりと生きて、気が向いたら、思い出すなり、忘れてしまうなり、進んでくれたらと思います。大丈夫、合言葉は、絶対に忘れない。
 これから自分は、怖い顔になってしまうかもしれないし、これも甚だわがままであるけれど、どうしても、君を起こせなかった。
 少し字が読みにくくなってきた。大丈夫、この調子だと、最後まで、苦しくなさそうだ。
 じつは、寝顔をみながらしねればと、いつもおもっていた。
 まいにち見ていたけしきのまま、ねむる君のよこで、おなじように、しずかに。
 きみは、なでるとわらうんだよ、ねむりがあさいのかな。
 ほんとうにねがう。きみ
 しあわせに。
 ありがとう
 たいおん